連載 第11回 2007年2月号

都市のソダテカタ! 〜各都市における建築事情〜



都市はよく、生物のようにたとえられます。

その比喩に拘泥するならば、建築物を細胞に、個人はDNAということになるでしょうか。
多くの日本の街は成熟期にありますが、世界には、生まれたての街や、成長期の街もあります。細胞としての建築物には、代謝が進むとともに、時として突然変異もあるでしょう。

一昔前ならば、この都市という生物同士はあまり交流することがなかった訳ですが、現在は、インターネットと語学という恩恵もあり、細胞・DNAレベルでの交配は日常の一部となりました。ネットワーク化されつつある世界都市では、DNAレベルでの個人の視点からそんな潮流を眺めてみることの意味も、大きいでしょう。

今回は、そんな都市の育て方と建築のコラム、お楽しみください


一級建築士事務所 スタジオOJMM
代表 牧尾晴喜



海から吹く風: バス・ファン・ハーレン

撮影: Bas-van-Galen

松野早恵
オランダ
ユトレヒト
風を水に放す
1990年代以降、「スーパーダッチ」と評される作品群を世界に知らしめたオランダ建築界。しかし、華やかな建設ブームの一方で、各都市には厳しい新築規制条例があり、若い建築士はなかなか設計の仕事に従事できません。卒業までに就職できなかった工科大学生は、国外でのキャリアも模索しながら好機を待ち、意中の設計事務所に履歴書を送り続けるとか。
友人のバスも、デルフトにある建築スタジオに採用されるまで数年かかりました。求職当時、彼が自分の心を落ち着かせるように熱中していたのが、アムステルダム市北区低層アパートのリフォーム依頼です。旧市街の対岸にある北区は、近年地域社会の衰退が問題化している場所ですが、実は人気の湾岸再開発エリアを一望できる好立地。来る地域再生工事を見越して、今のうちに不動産を購入する。そんな人々が増えています。バスにとっても、このリフォームは設計、施工過程を実地で学ぶチャンス。施主と相談して、目の前に広がる海を満喫できるよう一生懸命デザインを考えたそうです。
港は今も昔も都市アムステルダムの活力源。光輝くアイ湾(写真)には、人生を船の航行にたとえるオランダ人の夢や野心が反射しているように思えます。



歴史を舞台に今を生きる 〜イタリア版最新建築〜


広場にでんと構える大聖堂

野村雅夫
イタリア
ローマ
大阪ドーナッツクラブ
ローマの外れにある自宅から車で15分ほど。ワインの産地として世界的に有名なフラスカーティという町がある。人口2万少々。日本的な感覚だとちっぽけな村というイメージを抱いてしまうが、鄙びた田舎という印象はまったくない。むしろ立派な都市の面構えをしている。ローマ時代から都市整備が進んだこの町は、16世紀にひとつの頂点を迎えた。当時からの建築物が今も残っている。堂々たる大聖堂が街の中心にでんと構え、周辺には栄華を誇った貴族のヴィラが数多く点在する。歴史は人々の手の届くところにある。けれど、それは歴史に依存したり埋もれてしまうのとは違う。実際のところ、人間の身体寸法に合った街を歩けば、重厚な古い建物の中に洗練されたディスプレーのお洒落なブティックがあるし、裏道から垣間見える市民の生活は極めて現代的なものであることがわかる。公共レベルから生活レベルまで、歴史的な建造物に現代的なセンスを取り入れ、新旧を融合させることで独創的な都市空間を作り上げているのだ。こうした発想が、「おらが町」をこよなく愛するこの国の人々には大人気だ。
現代的なセンスをもって歴史と対話する人。それが今のイタリアの優れた建築家なのだ。



ムンバイーの車窓から

豊山亜希
インド
ムンバイー
(旧名ボンベイ)
「西部線」「湾岸線」「中央線」の3支線を擁するローカル電車で、南から北へ旅すると、ムンバイーの町がどのように発展してきたのかよく分かる。
始発駅ヴィクトリア駅から5駅ほど、「コットングリーン」など英語名の駅が続き、車窓を彩るのはコロニアル建築である。イギリス植民政府が開発した「元祖ボンベイ」がこの南端部にあたる。
ここから北は、「ガートコーパール」など地元語駅名圏に入り、10駅ほどは乗降が最も激しい、ムンバイーの郊外地域が続く。車窓には延々と似たような住宅と商店が連なるので、降車駅を指折り数えていないと分からなくなり、気を抜けない。
さらに北へ向かうと、広い草地に雨後のタケノコのように、高層マンションの建設ラッシュが続く、ニュータウンに入る。日本の高度経済成長期を知らなくとも、何となくそれを想起させるエネルギーに満ちた地域である。ただし高層階でも、頼りない鉄筋の隙間を煉瓦で埋めて完成させるインド式工法を、目の当たりにすることになる。地震の国のニッポン人にとって、現代インドの勢いは、車窓から遠目で見るに留めておくべきものなのかも…などと思索に耽っているうちに、ローカル電車の旅も終着点である。



ブリスベンの将来

寺西悦子
オーストラリア
ブリスベン
♪Air Mail from Brisbane♪

オーストラリア・ブリスベンに流れる川−Brisbane River。右に見えていたはずの建物が、数分後には左に見える。かなりクネクネしたユニークな形が特徴だ。そんなBrisbane Riverを渡るには、City Catという市営フェリーがある。私の好きな乗りモノの一つ。交通渋滞の心配もなく、爽快な風を味わえ、乗り心地は抜群で、通勤通学に一般市民の足として利用されている。自転車も乗せていくことができる。市内に近づくと、近代的な橋がいくつか出てくる。
そんなブリスベンに、さらなる橋、バイパスの下を通るトンネルなど、新たな都市計画の話が話題になっている。これは、一つの理由として、ここ最近のブリスベンの急激な人口増加に対応するため。温暖な気候、近代開発が進み、人々はよりよい機会、暮らしを求めて、日々、多くの人が押し寄せている。それに伴って、住宅・土地価格の急上昇、交通渋滞の問題が発生している。市内の交通渋滞緩和対策等で都市開発を進めたい行政と、それに反対する地域住民が存在する。多くの人々を惹きつけ、成長するまちブリスベン。将来に向けてどのような選択をするのかとても興味深いところだ。



メルヘンの国の入り口?!

近所のアパートの扉

ユゴさや香
ドイツ
フランクフルト
私がはじめて買った独和辞典。表紙と裏表紙見開きでノイシュバンシュタイン城の写真。まさに絵に描いたような中世のお城。そのイメージのままフランクフルトを見渡すと、あまりのギャップに拍子抜けする。戦禍で古い建物が殆ど残っていない街。誇らしげに聳え立つ金融街。高度経済成長期に建てられた画一的アパート。メルヘンの国には似つかわしくない街並みだ。
それでも、旧市街と呼ばれる地区には歴代ドイツ皇帝が戴冠式を行った大聖堂や、旧市庁舎が当時の姿のままに再建されている。観光客目当てだなんて穿った見方をしたくなるが、さすが現実的なドイツ人。現在でも旧市庁舎では婚姻手続きなどの業務が行われ、大聖堂ではミサが開かれ、ただの飾りとしてではなく日常の一部として機能している。
私が個人的に面白いと思うのがドイツの扉。ガラスがトーン記号になっている扉、やたらゴシックなデザインのノブ、現代アートのようにお洒落な格子。建物の顔とも呼ぶべき扉は色んな表情を見せてくれる。建物自体は味も素っ気もないコンクリートなのに、入り口のドアに工夫を凝らしている物が意外と多いのだ。そんなさり気ないこだわりがドイツらしさと言えるかもしれない。



Architecture.


Simon Nettle
日本
大阪
My Amazing Life
日本建築 is as distinctive nowadays as it has been historically. While the outward appearances of historical buildings, such as temples and castles may seem in ways generically Asian, the interior is rather unique and reflects Japanese traditions that extend back into antiquity.
Apart from the obvious expressions of power and spirituality from times long past, I feel that Japan lacks when it comes to 現代建築. The defining aspect of the Japanese cityscape is how one city is indistinguishable from the next. There seems to be a real lack of desire among the Japanese to express oneself architecturally.
The reason for this becomes obvious when one thinks of the differences between Western and Japanese culture. The family home is not so much a point of pride as it is in the west. The typical salaryman spends so little time in his home that there's no reason for it to be anything but purely functional. Most entertainment occurs outside the home, such as at the local 居酒屋, with dinner parties being a rare occurrence. Added to this is the cultural throwback of the virtue of humility.
As Japan becomes more westernized and the working culture starts to allow families more time together, the family home will become more of a status symbol and the more people will want to express their individuality through their houses, and perhaps the sight of Hollywood-style mansions will become common in the affluent suburbs of Japan.
Until then, even the rich will continue to live in the most non-descript of houses.




近代化の象徴アコソンボダム


澤恵子
ガーナ
アクラ
首都アクラから北東に66マイル行ったボルタ州には世界最大級の人造湖「ボルタ湖」を形成する「アコソンボダム」がある。第二次世界大戦後、独立を果たしたガーナ政府によってボルタ計画が推進され、イギリス、アメリカ合衆国、世界銀行などの財政支援のもとで1966年に完成したダム。
友達の夫がこのダムを管轄しているVolta River Authorityで働いており、話を聞かせてくれた。このダムに使われている発電機は日本製だそうで、今でも何年かに一度選抜された職員が日本のダム業者でメンテナンス等の研修を受けているそう。彼は日本研修でデジカメを買ってきた同僚が羨ましいらしく、どうしても次の研修には自分が行きたいそうな。
ここで行われる水力発電の規模は大きく、電力が隣国トーゴにも供給されており、トラブルが起こると隣国を巻き込んで停電になるらしい。ガーナ人の生活は確かにこのダムの電力供給によって変化してきたと言える。月の光で寝ていた村に電灯が来て、ドラムで踊っていた人々がスピーカーから流れる音楽に酔いしれるようになった。そんなダムを近代化を推し進めた建造物だと誇りに思う人もいれば、ダム建設のせいで漁が出来なくなったと嘆き悲しむ人がいる。近代化の波は確実にガーナにやってきている。



ご感想、ご批判、などは、お気軽にコチラまで。

牧尾晴喜   harukimakio*aol.com
*を@に変えてください。



★ OJMM.NET 研究・執筆のページ

★ OJMM.NET トップに戻る

■ 学芸出版社のウェブサイト