連載 第8回 2006年11月号
文学的な秋のハジメカタ! 〜各都市が舞台となっている文学〜
「いい文学を読むことは、過去の偉人たちと語り合うことに等しい」
と言ったのは、自身も「過去の偉人たち」の一人となった、ディケンズでした。彼の考えを素直に受け入れれば、各都市の文学からは、その街の過去の偉人たちの姿、また、各地域で尊重されている、大いなる遺産が見えてくるのではないでしょうか。
文学の秋に、必ずしも秋ではない世界各地からのコラムをお楽しみください!
一級建築士事務所 スタジオOJMM
代表 牧尾晴喜
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一番有名なクモ男
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澤恵子
ガーナ
アクラ |
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ガーナで一番有名な物語の主人公と言えば「クモ男のアナンセ」。正式にはクワク・アナンセが彼の名前。ガーナでは生まれた曜日によって名前が決まり、クワクは「水曜日生まれの男」だけに付けられる名前。物語の主人公の生まれた曜日までわかってしまうのだからおもしろい。
アナンセの物語はガーナ中部のアシャンティ地方が発祥の地であると言われており、トリックスターとして主に口承伝統文学として引き継がれてきた。今では英語に翻訳された文と簡単な絵が入った絵本も子ども向けに発売されている。ガーナ人に尋ねると誰もがアナンセが主役である物語を一つは知っている。アナンセはとんちの利く男で、アナンセシリーズの物語はどれも意外性がありおもしろい。「トカゲはなぜ腕立て伏せをするのか」という物語では、アナンセがトカゲと対決して裁判所に追いやり、舌を抜かれ話せなくなったトカゲはそれからというもの訴えるように大きな頷きを繰り返し、周囲に無実を訴えかけている。それが腕立て伏せをしている原因であると物語は締めくくっている。その物語を聞いてからは、どこにでもいる大きなトカゲを見ても同情するようになったから不思議だ。
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味わい深い文学を醸す街 〜ローマ糠床説試論〜
誉れ高き糠床の中心部、聖天使城
(Castel Sant'Angelo) |
野村雅夫
イタリア
ローマ
大阪ドーナッツクラブ |
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小説・詩・戯曲・紀行文をはじめとするエッセイ。二千年このかた、ローマはおよそ数え上げることが不可能なくらいの文学作品の舞台となってきたし、なかにはイタリアのみならず世界的に名作と呼ばれる作品も少なくない。たとえばゲーテやスタンダール、ディケンズといった外国の文豪も嬉々として古都の魅力を書き綴っている。つまりこのローマという街は世界中の文学者に愛される一流文学都市だということになるのだろうが、こういう見方もできないだろうか。作家がローマを舞台に選ぶのは、そこに物語があるからだと。古来より連綿と築き上げられてきた街並みとそこに生きる感情豊かな人々。物語が生まれるには抜群の条件が揃っているのだ。物語を育むトポスという言葉が思い浮かぶところだが、漬物で言えば糠床みたいなものである。そこへ素材を放り込んでやれば、自然と物語が醸され、熟成していく。研ぎ澄まされた感性を備えた文学者がそれをすくいあげ、鮮やかな手さばきで切り分け、皿に盛る。当然ながら、そういった作品は実に味わい深いものになる。ローマのワインを片手にローマの文学に舌鼓を打つ。僕にとっては究極の贅沢だ。物語の糠床たるローマの街に乾杯。
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10億の民の人生指南書
市中心部フォート地区の
ブックマーケット |
豊山亜希
インド
ムンバイー
(旧名ボンベイ) |
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インドでは、人は皆ある特定の星の下に生まれると考えられている。そのため、名前の頭文字を授かるところに始まり、人生の節目を星占いで見てもらう習慣がある。
『ブリハット・サンヒター』は、1500年前にインド式占星術を初めて体系化した書物で、現代においても多くのインド人の人生設計を担っている。しかし古語で記されているため、おそらく占星術師と研究者以外には誰も読まない。
この読まれない人生マニュアルが、人生で最も影響力を発揮する瞬間は、結婚である。「カースト」と呼ばれる社会階層が存在するインドでは、結婚は基本的に同じカースト内でお見合いによって成立する。その際、相性占いが行われ、良縁と出れば成立、子宝に恵まれないなど凶と出れば破談となる。最近では恋愛結婚も増加しているが、両家公認だったカップルが、結婚に際する相性占いで凶と出て、猛反対にあうことも多いとか。
因みに我がホストファーザー&マザーは、恋愛結婚組である。「占いに頼りすぎるのはインド人の悪いところね」「私たちの相性はすごくいいって結婚前に言われたの」との相反するホストマザーの発言は、変わりゆく現代インドを代弁しているかのようである。
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もうひとりの女王:アニー・M・G・シュミット
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「女王の日(4月30日)」から3週間後、オランダではもう一つの「女王」誕生日を祝います。5月20日、この日はオランダ児童文学界で活躍したアニー・M・G・シュミット(1911−1995)の生誕記念日です。
私が初めてアニーの作品に触れたのは、語学学校に通っていた頃。軽快な言葉遊びを使った彼女の文体に、宝石箱のような輝きを感じました。本の中では生き生きとしたキャラクターがユーモアたっぷりに動き回り、物語を紡ぎます。アニーが創作した児童書・ミュージカル曲は1950年以降4世代の子供たちに愛され、「イップとヤネケ」 、「ミヌース」 、「プルック」など登場人物の名前を聞くだけで、人々の心に幼い頃の思い出がよみがえります。これ程人気があるのはなぜなのでしょうか。ユトレヒトの児童書店で尋ねると、「彼女の子供像は、茶目っ気たっぷり。自立心にあふれていて、行動力もある。本を読んだ子供は、昔も今もイップやプルックの真似をしたいと思うのよ。」という答えが返ってきました。
大きな眼鏡をかけて微笑む晩年のアニー 。彼女は84歳の誕生日を祝った翌日未明、安らかにこの世を旅立ってゆきました。墓は美しいタイルで飾られ、アニーの名前が踊るようなリズムで刻まれています(写真)。
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ドイツが誇る・・・
デパ地下のゲーテ |
ユゴさや香
ドイツ
フランクフルト |
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白い服を身に纏い、生鮮食料品に囲まれポーズを取るおじさん。Karstadtというデパートの地下食料品売り場に描かれた絵。誰これ?前を通るたび疑問に思っていた。そんなある日、シュテーデル美術館で同じ男の人の絵を発見。「ローマ郊外におけるゲーテ」。そうあのデパ地下のおじさんは、文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテだったのだ。ドイツを代表する詩人であり小説家。この町で生まれ、少年時代を過ごし、「ファウスト」や「若きウェルテルの悩み」を執筆。今でも彼の生家は当時のまま忠実に再現され、彼が実際に使った調度品と共に博物館として公開されている。市民も彼を「フランクフルト市民の偉大な息子」と呼び、大変誇りにしているらしい。だからってデパ地下の看板にしなくても良いと思うのだが。
日本人にとってより馴染み深いのは、お堅いゲーテよりアルプスの少女ハイジだろう。クララが住むゼーゼマンさんのお屋敷は、ここフランクフルトにあることになっている。ハイジがアルムの山から連れてこられ、クララと出会い、厳しいロッテンマイヤーさんに叱られ、最後はホームシックのせいで夢遊病にまでかかってしまうハイジ。アニメはドイツでも人気。ドイツ人の知人とハイジの話題になり、「え?日本でも放送されてたの?」「日本で製作されたんだよ。」「えー!」なんて話したのでした。
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“The Man from Snowy River”
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今月のトピック「豪文学」。何があるだろうか?と、オーストラリアに来て約1年経つが、特に思いつくものがない。困った私は周りのオーストラリア人に片っ端から聞いてみることにした。ほぼ全員に一致したものは、“The
Man from Snowy River”。オーストラリア人ならほとんどの人が知っているとのこと。詩人Banjo Paterson(バンジョー・パタソン)が書いた“The
Man from Snowy River”は映画化され、テレビ番組にもなり、ミュージカルでも数多く演じられている。この詩には、野生馬がいかに貴重であるか、開拓地で人々が馬を追いかけながら原野を駆け巡る姿が描かれている。豪国版カウボーイだろう。オーストラリア人の原風景、アイデンティティの原点である。
Snowy Riverは、ニューサウスウェールズとビクトリアの州境にあるオーストラリアアルプスにある川。広大なオーストラリアなだけに、1年を通して温暖なブリスベンに住む私は、海、緑いっぱいの国立公園のイメージのオーストラリア。雪山のオーストラリアはどこか別の世界のことのように思える。
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今号休載
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今月は、ライター(Simon Nettle)の都合により、休載いたします。
Simon will return from a month off with his article in December.
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牧尾晴喜 harukimakio*aol.com
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