野村雅夫 フィルム探偵捜査手帳

観客への旅立ちの要請 ~ルルドの泉で~

河原尚子 「茶」が在る景色

まず咲く

小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー

排水機場の廃墟

ミホシ 空間と耽美

窓越しの片想い

インタビュー 東野翠れん さん

(聞き手・進行 牧尾晴喜)

真家、モデルとして活躍する東野翠れんさん。彼女に、表現活動に対する姿勢や、新刊エッセイ『イスラエルに揺れる』についてうかがった。

------まずは新刊のエッセイ『イスラエルに揺れる』についてうかがいます。
 イスラエルが舞台ですが、宗教的な話題に偏ることなく、現地の美しい自然や人々のありさまの描写が瑞々しいです。これまで海外のことやイスラエルという国を遠く感じている方も、共感できる部分が多いとおもいます。
東野: どんなに小さなことに見えても、体の中にいつまでも漂う表情、声や顔、会話、景色、質感などがあります。それは、普段ひっそりしていますが、心の中を覗いてみたら、そうした言葉にもならない、小さな出会いの断片が、美しく漂い、揺れているのだと思います。普段言葉にすることはあまりない、そうした断片を、できるだけじっくり眺めて言葉にしてみたいと思いました。幼い頃から何度も訪れているイスラエルをとおして、またそこに住む家族や友人たちをとおして。
 そうしたであいをとおして、なにかを伝える、ということよりも、わたしの心を通過した言葉だけを書くということが、なによりも大切なことでした。

------フルーツやアラブコーヒーなど、現地の食べ物の話も楽しみのひとつです(笑)。イスラエルでの食事で、楽しみや苦労などあれば、教えていただけますでしょうか。
東野: わたしにとっても、フルーツやアラブコーヒーは、楽しみのひとつです。(笑)
 それから、食堂のような場所で食べる豆や野菜の煮込みも、日本ではなかなか食べられないものばかりで、楽しいです。
 苦労はとくにありません。

------光の流れで情景をつづっておられる箇所があって印象に残ります。光や時間の流れを言葉で表現するのは、写真や映像での表現とはまた違う苦労がありそうですが、いかがでしたか?
東野: 普段の生活の中で、光の流れや、光そのものの存在は、とっても印象的なものです。写真や映像を通してであった光を(それまでにもであっていますが、意識する、しないでは輝きかたが変わってくるような気がします)言葉で表現することは、新しいかたちで光に接しているような、大切な経験になりました。

------単行本化にあたって、ヨーロッパでのシナゴーグの話など、雑誌『真夜中』での連載当時からずいぶんと新しいエピソードが追記されています。連載した内容を単行本化する際の苦労などありましたら、教えていただけますでしょうか。
東野: イスラエルは故郷でもありますが、旅行中とあまり変わらない感覚も常にあって、なにもかも目新しく見えることもあります。そんな、自分にとって他のどんな場所ともちがう、特別な場所なのだと、書きながら実感しました。大切なであいはいっぱいあるけれど、なにを書くことが最善なのだろう、という想いはありました。結果的に書かなかったことも含めて、想いを巡らせていると、あっという間に時間が経ってしまいました…。そうした時間は無駄にはならないけれど、でも考えたりした先にあるものに、辿り着きたかったのかもしれません。書いているうちに、思ってもみない方向に進んでいたりすることがあって、それがなによりも面白かったです。

------どのような子どもでしたか?いまお仕事でされているように、芸術表現に携わることは昔から好きでしたか?
東野: 子供のころは、今よりもずっと情熱的におしゃれに興味があって、何色のお洋服を着ようかしら、と毎日楽しく格闘していました。何色と何色を組み合わせたら、今日が楽しい一日になるだろう?というふうに。それから、常に手を動かしていました。(ほとんどの子供はそうですね、きっと。)手を動かしながら、体の中に漂うイメージをどんなふうに現実にできるだろう…というような感覚があったことは覚えています。考えてみれば、その感覚は今も続いています。

------大阪や関西の街で好きな場所を教えてください。
東野: 奈良県の天川村がとっても印象に残っています。天川村で感じたやさしい光は、いまも大切にしています。

------ファッション雑誌から今冬のユニクロ商品まで、モデルとしても幅広くご活躍です。写真家として写真を撮影する時と、モデルとして写真や映像を撮られる側の時、立場は逆ですが、それぞれの知識・経験が高め合うようなことはありますでしょうか?
東野: 良いバランスになることはあるかもしれません。ときどきちがうことをやると、新しいであいや発見があって、それは、いつも豊かな風を運んできてくれます。いまはほとんどモデルのお仕事をやっていませんが、とても大切な経験になっています。素晴らしいであいや、様々な人の視点にであえて、きっとなにかのかたちで、今の自分にも繋がっているのだと思います。

------今後のビジョンを教えてください。
東野: 「今後」というのは、わたしにとっては、いつまでたってもなにかの気配です。つねにいろいろなものは回転しながら変化を続けているので、その時々で、想い描いている気配に近いことをしていられたらいいな、と思っています。



2012年2月9日 大阪にて

イスラエルに揺れる(リトルモア)
 
ソーニャが暮らした家
『イスラエルに揺れる』より
 
私とサフタ ギブアタイムのアパートメント 表玄関にて
『イスラエルに揺れる』より
 
風花空心(リトルモア)
 
東野翠れん(ひがしのすいれん)
フォトグラファー。1983年東京生まれ。
日本人の父、イスラエル人の母のもとに生まれる。幼少期に2年間イスラエルで暮らし、その後もたびたび訪れている。14歳で写真を撮りはじめ、18歳よりミュージシャンのポートレイト、CDジャケットなどの撮影で写真家として知られるようになる。並行してファッションモデルとしてもテレビCM、雑誌などで活躍。これまでファッション誌、カルチャー誌、文芸誌で写真や執筆の連載多数。
著作に、自身の写真と散文で構成された初の作品集『ルミエール』、ポラロイド写真と詩で構成された『風花空心』(湯川潮音との共著/写真を担当)など、モデルとして写真家ホンマタカシと共作の写真集『アムール翠れん』、などがある。



観客への旅立ちの要請 ~ルルドの泉で~

会において人にはそれぞれ役割のようなものが(概ね複数)あって、たとえば制服と同じように、建築物などの空間もまたそれを規定し強化するんだろうな。『ルルドの泉で』(ジェシカ・ハウスナー監督)を観て、私はそんなことを思った。
 M・ハネケに師事したこの気鋭の女流監督は、迷宮的なホテルなど、閉じられた空間での物語展開を得意としている。今作であれば、それはタイトル通り、19世紀半ばに起きたとされる奇蹟に端を発して聖地となり、年間600万人もの巡礼者を受け入れるフランスの小さな町ルルドだ。ボランティア活動に従事するマルタ騎士団の男女に、神父、そして奇蹟を願って集う健常者と病人混成の巡礼者たち。登場人物の社会的アイデンティティが誰しも一目で判明するほど、閉鎖的で制度化された土地柄である。
 全身の麻痺を抱えた車椅子の女性が巡礼ツアーでこの町に滞在し、ある日ふと身体が動かせるようになって立ち上がる。なぜ、とりたてて信仰心にあふれるわけでもない彼女が選ばれたのか。これは奇蹟なのか。それとも奇蹟「的」な何かなのか。やがて人々の間にさざ波が立ち、羨望と誇りと戸惑いと疑念が交錯していく。
 聖地だ奇蹟だなんて単語が踊ると、過度に宗教的な作品だろうとの予断を招きそうだが、そうではない。監督はロケ地にこだわって交渉を重ね、なかなか撮影許可の下りないルルドで20年振りとなる劇映画の完成にこぎつけた。それは究極の類型化を求めてのことだろうと私は踏んでいる。制度の中で蠢く個人の姿を描くのにこれほどうってつけの場所はない。結果として、どこまでも特殊な状況なのに、翻って驚くほど普遍的に感じられるのだ。これは一定の距離を保ったハウスナーの巧みな演出の成果だろう。論理的で緻密なカット割りと、寓話的で下手に盛り上げない脚本構成、そして控えめでありながら際立つユーモアによって、映画ならではの表現に到達している。
 黒白つけないペンディング状態の物語を前に、自分が内包されている共同体の特徴や構成員たる自分の役割とペルソナをめぐる思索の旅に出ることを観客は要請される。自分探しではない。「今の自分が何者か」と問う旅に。

2009(C)coop99 filmproduktion, Essential Filmproduktion, Parisienne de Production, Thermidor

『ルルドの泉で』
公開中
配給:エスパース・サロウ

野村雅夫(のむら・まさお)
ラジオDJ。翻訳家
FM802でNIGHT RAMBLER MONDAY(毎週月曜日25-28時)を担当。知的好奇心の輪を広げる企画集団「大阪ドーナッツクラブ」代表を務め、小説や映画字幕の翻訳も手がける。

まず咲く

都の二月は冷える。


いわゆる「底冷え」というやつで
重くて冷たい水の底に住んでいるような そんな冷たい日が続く。

二月の異名はたくさんあるが
その一つ「初花月」の初花とは 梅を指す。

しかし梅よりすこし先に 一月下旬ごろから
しずかに咲きほこるマンサクが好きだ。

「まず咲くからマンサク」
そう昔 祖母が言っていた。

高らかに春告げる訳ではなく
鉛色の空に黄色いリボンをひらひらとさせて
春を呼ぶ。

まるで恋人を待つように かじかむ手を振っている。


お茶の稽古では
邪魔にならないということを 教えられる

それは稽古中にかぎらず 生活の中にも通じること。

だけど
居ても居なくても同じという訳ではなく
水の流れる様に しなやかに
柳のそよぐように たおやかに
ひっそりと でも確実に 「居る」ということ。
そういう人に憧れる。

「まず咲くからマンサク」
最初に春を告げることを 名前でこっそり主張するなんて
なんて可愛げのある花だと ふと 祖母を思いだした。

春はもうすこし先。

河原尚子(かわはら・しょうこ)
陶磁器デザイナー/陶板画作家
京都にて窯元「真葛焼」に生まれる。
佐賀有田での修行を経て陶板画家として活動を開始。
2009年、Springshow Co.,Ltdを設立。同年、陶磁器ブランド「sione」を発表。

排水機場の廃墟

部地方のとある海沿いにたたずむ排水機場の廃墟。排水機とは生活用水などを外に送り出すポンプの事だ。イモムシのようなこの独特のフォルムの先端にはエンジンがついていて機械的な要素もあり、その融合が面白く目を奪われる。場内はエンジンから染み出した機械油のにおいで満ちている。4機並んでいて、表面の質感は重厚。どっしりと据え付けられているが、今にも動き出しそうな存在感だ。

小林哲朗(こばやし・てつろう)
写真家
廃墟、工場、地下、巨大建造物など身近に潜む異空間を主に撮影。廃墟ディスカバリー 他3 冊の写真集を出版。

窓越しの片想い

は臆病者だ―。


窓の向こうに彼女をみつけた。
小ぶりな小指に似つかわしくない色の紅を唇にあて、鏡も見ず器用にちょんとのせていく。

慣れている。

これから好きな男と逢引でもするのだろう、とか…想像が頭を巡る。
僕は臆病なので、声などかける勇気もなくいつもタイミングを見計らっては窓越しの彼女にそっと会いにいく。

窓の空間にぴったりとおさまった彼女を見る度に小さな箱庭をみている気分になる。
このまま閉じ込めておきたい、などと僕にしては大胆でタブー的な妄想をしてしまう。

本来の機能とはうらはらに、他人や自分の秘め事をどうぞ見てくれて言わんばかりに主張しているようにみえて、この届かない想いを余計に募らせ滾らせる窓が今日も憎らしい。

ミホシ
イラストレーター
岡山県生まれ、京都市在住。イラストレーターとして京都を拠点に活動中。
抒情的なイラストを中心に、紙媒体・モバイルコンテンツなどのイラスト制作に携わる。

第1回

 講談師
 旭堂南陽

第2回

 フォトグラファー
 東野翠れん

第3回

 同時通訳者
 関谷英里子

第4回

 働き方研究家
 西村佳哲

第5回

 編集者
 藤本智士

第6回

 日常編集家
 アサダワタル

第7回

 建築家ユニット
 studio velocity

第8回

 劇作家/小説家
 本谷有希子

第9回

 アーティスト
 林ナツミ

第10回

 プロデューサー
 山納洋

第11回

 インテリアデザイナー
 玉井恵里子

第12回

 ライティングデザイナー
 家元あき

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: 野村雅夫 フィルム探偵捜査手帳

連載2: 河原尚子 「茶」が在る景色

連載3: 小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー

連載4: ミホシ 空間と耽美

第1回

 建築家
 藤本壮介

第2回

 書容設計家
 羽良多平吉

第3回

 漫画家
 羽海野チカ

第4回

 小説家
 有川浩

第5回

 作庭家
 小川勝章

第6回

 宇宙飛行士
 山崎直子

第7回

 都市計画家
 佐藤滋

第8回

 作家
 小林エリカ

第9回

 歌手
 クレモンティーヌ

第10回

 建築史家
 橋爪紳也

第11回

 女優
 藤谷文子

第12回

 ラッパー
 ガクエムシー

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: 野村雅夫 フィルム探偵の捜査手帳

連載2: 澤村斉美 12の季節のための短歌

連載3: 小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー

第1回

 イラストレーター
 中村佑介

第2回

 書家
 華雪

第3回

 華道家
 笹岡隆甫

第4回

 小説家
 森見登美彦

第5回

 光の切り絵作家
 酒井敦美

第6回

 漫画家
 石川雅之

第7回

 ギタリスト
 押尾コータロー

第8回

 プロダクトデザイナー
 喜多俊之

第9回

 芸妓/シンガー
 真箏/MAKOTO

第10回

 写真家
 梅佳代

第11回

 歌人
 黒瀬珂瀾

第12回

 演出家
 ウォーリー木下
   

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: きむいっきょん(金益見) ラブ!なこの世で街歩き

連載2:  野村雅夫式「映画構造計画書」

連載3: 【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美