野村雅夫 フィルム探偵の捜査手帳乗り越えられないなら、壊せばいい ~ふたつめの影~ |
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澤村斉美 12の季節のための短歌song_of_komadoriをわが住所とし四月の街の影を踏みたり |
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小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー軍艦島 |
(聞き手・進行 牧尾晴喜)
自衛隊から地域に根づいた電車まで、さまざまな独特の舞台設定で魅力的な登場人物を描く小説家、有川浩氏。彼女に、創作活動に対する姿勢や、公開間近の映画『阪急電車』についてうかがった。
------このたび『阪急電車』が映画化されました(映画「阪急電車」公式サイト)。映画のみどころなど教えてください。
有川: 告知などでは婚約者を同僚に寝取られて結婚式へ討ち入りに行く「翔子」がメインで扱われていますが、別に彼女が主人公というわけではないんですよね。もちろん「翔子」が映ってる間は翔子が主人公なのですが、別の登場人物が出てくると、その人物が主人公になる。人物が入れ替わり立ち替わり、その時々で主人公になっている感じがします。電車に乗り合わせて、登場人物たちを傍観しながら散歩している気分です。映画の中では彼ら全員をつなげるような人は出てこないので、登場人物を完全につなぎうる存在は観客だけです。観客がいてはじめて全ての物語がつながります。ですから皆さんが観に行って下さらないと、あの映画は完成しません(笑)。
原作者としては、試写室の椅子に座った瞬間に原作者という肩書は剥奪されてしまって、登場人物の見届け人として組み込まれていたんだな、とおもいました。作品からは作り手たちのリスペクトをすごく感じますが、それは、すべてを見届けて物語を有機的につなげてくれる観客に対するリスペクトだったのだとわかりました。
------関西在住で『阪急電車』をよく知っている人はもちろん、そうでない人も楽しめそうですね。
有川: 自分が知っている電車でこんなことが起こったらいいな、と思ってもらえたらうれしいです。
------『阪急電車』の原作についてうかがいたいと思います。個々のエピソードや全体のテーマも魅力的ですが、原作では「各駅が一つの章で、途中で折り返し」という構成も面白いですね。
有川: もともと「電車」が物語の舞台として面白いなと思っていました。また、もし書くとしたらいわゆる「ご当地もの」になりますが、その土地に対してきちんとリスペクトできる状態でないと書いてはいけないな、とも思っていました。そうすると必然的にいまのわたしは阪急今津沿線しか書けないな、と。この路線で一番おもしろいと感じるのは、15分で折り返しが終わってしまうという短さです。片道15分で長編を書くのはボリューム的に足りないですが、折り返し(往復)にすれば、ボリュームも仕掛けとしても楽しいものができるかと。あとはスムーズに進んでいきました。
------駅ごとの難しさなんかもありそうですね。
有川: そうですね。たとえば「門戸厄神駅って、初詣シーズンとそれ以外で全く利用率が違うよね」とか(笑)。風景をみながら、どこがモニュメントになるのかは常に考えていました。長く使っている沿線なので、電車で見たり体験したり、そういったことを総動員して、この話はあの駅なら似合いそうかな、というふうに考えて進めました。
------「他の路線でも書いてください」なんていうリクエストもありそうですが?
有川: きますね、いっぱい(笑)。ただ、書くためにはそこに何か月か住まないといけないと思います。「どこででもやれそう」と思われることもありますが、やはりその場所にリスペクトがないと失礼ですから、パッケージだけ同じにして別の路線で、というリクエストには無理ですとお答えします。半年単位で住み着いて街の空気を感じて、から始めないといけません。だから不可能かな、と。
------『阪急電車』では、冒頭に「生」の文字のエピソードがあります。(阪神大震災からの「再生」の意を込めて、川の中州に石積みで制作された現代美術)
有川: あの「生」の文字の出現は、ちょっと楽しかったですね。あまり告知せずにこっそりとやっている企画だったようで、気づいている人は気づいている人同士で「何だろう?」と盛り上がっていました。当初はこめられたメッセージを知らないまま、粋なイタズラだと思って小説にも書いていました。折り返しを書き始めたタイミングでその意味を知って、これは復路で回収しないとな、と。声高でなく、特殊なものも使わずに、気づく人だけでいいというスタンスがよかったですね。知っている人には祈りとして、知らない人にはなにか楽しいものとして届くでしょうし。
------震災に関連した話でいうと、新刊の『県庁おもてなし課』については、単行本で発生するすべての印税を東北地方太平洋沖地震の被災地へ寄付されることを決められましたね。(現時点での経緯・詳細が書かれた有川さんのブログ記事)
有川: こんなタイミングではありますが、読書にかぎらず、自分が自分の生活を大事にする、生活の中で楽しみをみつける、といったことを悪いことだとは思ってほしくないですね。自粛は経済停滞につながってしまいます。わたしは自分の本からしか作用できませんが、たとえば今回の印税寄付で、こういうタイミングで書店に行くことの罪悪感をすこしでも軽減できたら、とおもいます。被災者の方々以外は元気に経済をまわしていくように頑張らないといけません。阪神大震災を知っているだけに、そう思います。よその地域には元気でいてもらわないと、被災地の街も復旧しないですから。そういう志をくみ取ってくださるなら、何も私の本を買っていただく必要は全くありません。他の作家さんの本でもかまいません。音楽でも映画でもお芝居でも。とにかく自粛しないで生活を回して行きましょう、ということをお願いしたいですね。
------同じく映像化されている『フリーター、家を買う。』(以下『フリーター』)についてうかがいます。タイトルから軽めの内容かと勝手に想像していたら、うつ病のように重いテーマも扱っていますね。ですが、有川さんの作品では、深刻なテーマに対してもその視線というかテーマの掘り下げ方には明るさがあると感じます。作品を書かれる際に決めておられる、ルールのようなものはありますか?
有川: 決めていることとしては、物語の都合や作者の都合でキャラクターを動かさない、ということです。『フリーター』の主人公、武誠治が頑張ったのは母のためであり自分のためです。そういうキャラクターの意欲みたいなものはコントロールしない、と決めています。人間はほうっておいたら幸せになるための努力をするものだと思います。少なくとも、不幸になるための努力をするひとは多くないですよね。ですから、登場人物たちに任せておけば、彼らなりに納得いくところに走っていってくれます。
わたしは、物語はどんな嘘をついてもいいと考えています。でも、人の気持ちで嘘をつかせてはダメです。人の気持ちの流れに嘘がなければ、読者さんは物語の嘘にはついて来てくださる、とおもいます。
------『フリーター』では建設現場が舞台の一つになっています。たとえば「シャバコン」なんていう現場独特の言葉もでていますね。
有川: 時給がいいバイトということで建設現場を選びました。知り合いにゼネコン関係者がいるので、取材はやりやすかったです。
------関西で好きな場所は?
有川: 阪急今津線は何年乗っていても飽きないですし、季節ごとに微妙に変わっていくのがよいです。仁川の切り通しのワラビを毎年楽しみに見ています。食べ頃の状態ではさすがに目視できませんが、シダが茂ってきたりすると分かるんですよね。今年もこれだけ生えてきたんだ、と。自然と街が適度にブレンドされている場所がいいですね。
------どんな子どもでしたか?
有川: お話を書くことが好きで、保育園や幼稚園くらいからずっとそれが遊びでした。もちろん幼稚園のころはひらがなだけで、読んだことのある童話の焼き直しみたいなものでしたが、本人は書いたつもりになっているからそれでいいんです(笑)。遊び道具が文字でしたが、逆にドッヂボールとかには入っていけない子でしたね。ルールを覚えきらん、という感じで(笑)。
------先ほどうかがった作品に関するルールも、その頃から少しずつできていったんでしょうか?
有川: そうでしょうね。自分の都合で登場人物を動かしていくと、最後まで書ききらないんですよ。キャラクターに任せたほうが面白くなるし、話も勝手に進むし、みたいな。演劇でいうところのエチュードに近い書き方かもしれません。設定だけが決まっていて、役者さんたちが即興劇をしながら作っていく、という書き方ですね。物語をつくっているとき以外でも、このキャラとあのキャラだったらどうなるだろう、と遊びがてら考えている感じです。
------本の体裁にもこだわりが強いほうだとうかがいましたが?
有川: かなり口を出すほうです(笑)。自分でイラストレーターさんを探してきて、「次の本はこの人でお願い!」とか。新刊の『県庁おもてなし課』の絵師さんも自分で見つけてきました。キャッチコピーもすべて目を通しますし、『図書館戦争』くらいまでは帯の文言もすべて書いていたんです。
小説家以外の職業に就いていた経験もありますが、私にとって作家であることのよさは「小説で食べていける」ことのほかに「その気になればすべての工程に立ち会える」というのも含まれています。つまり、物語を書くという開発から、商品のデザイン、パブリシティの打ち方、書店での宣伝まで、その気になればすべての工程にかかわることができるんです。書いたものを一番知っているのは原作者ですから、それを見せる効果的なデザインがどういうものかというのも、作家はある程度判断できます。私の強みは、自分が書いたものに対してお客さんの視点から商品としての魅力を判断できる、ということだとおもっています。そういう意味では、小説家という職業は、プロジェクト・リーダーという立ち位置にも近いですね。
------今後のビジョンを教えてください。
有川: 将来書きたいものについては、小説のネタは出会いものだと考えています。自分から何かについて書きたいということではなく、目の前に降ってきたものを掴むというスタンスです。そのために、降ってきたネタを掴むための瞬発力と握力は常に鍛えておきたいです。
2011年3月22日 大阪にて
阪急電車 (幻冬舎文庫)
2010年8月出版、560円(本体価格533円) |
県庁おもてなし課
(角川書店) 2011年3月28日発売、1,680円(税込) |
フリーター、家を買う。
(幻冬舎) 2009年8月出版、1,470円(本体価格1,470円) |
(撮影:サカネユキ) 有川浩(ありかわ ひろ) 小説家。1972年、高知県生まれ。『塩の街』で電撃小説大賞<大賞>を受賞し2004年デビュー。『図書館戦争』(アスキー・メディアワークス)シリーズをはじめ、『阪急電車』(幻冬舎)、『フリーター、家を買う。』(幻冬舎)、『植物図鑑』(角川書店)など多くの著書がある人気小説家。SFやミリタリー色の強い作品から『三匹のおっさん』(文藝春秋)のようなアラカン男性を主人公にした作品や、小劇団を扱った『シアター!』(メディアワークス文庫)など幅広い。「ベタ甘」と評される恋愛ストーリーがどの作品にも絡められている。 |
やあ、私だ。巷のにわかなドーナッツ・ブームを尻目に、食欲ではなく知的好奇心の「わ」を広げている大阪ドーナッツクラブという団体がある。彼らが活動の軸のひとつとしているのが、イタリアの映画紹介だ。私は果敢にも潜入捜査を行い、有益な情報を掴んだ。それに依れば、今月16日から、元町映画館(神戸)にて映画監督・作家アゴスティの回顧上映を開催する模様だ。題して、「イタリア映画界の異端児 アゴスティの世界」。これまでにも京都・大阪・名古屋で順次拡大しながら行ってきたイベントで、今回は『ふたつめの影』(2000年)というフィルムがジャパン・プレミアとしてラインナップに加わって合計7本の上映となり、2度のトークショーと合わせてより体系的な紹介となっている。
『ふたつめの影』は、イタリアの高名な精神科医フランコ・バザーリアを主人公に、彼が1961年に北イタリアで実行に移した、ラディカルな院内改革を描いた作品だ。とある精神病院へ赴任が決まった彼は、まず院内の実情を探るべく用務員を装って内偵を始めるが…。
キャストには、実力派の職業俳優のほかに、エキストラとして「旧」精神病院入院患者およそ200名が集った。旧とはどういうことか? このフィルムが描く出来事に端を発した長き議論の末に、実はイタリアは精神病院という制度を捨てたのだ。意外と知られていないが、日本はこの分野においておよそ先進国とは言えないのが実情で、今回の上映を熟考の契機としたいところだ。
こう書くと、何だか特殊で沈痛な映画という印象を持たれるかもしれないが、旧態依然たる壁に立ち向かう勇気とヒューマニズムあふれる協同というテーマは、どっこい普遍的だ。生前のバザーリアと友人だった監督は、だからこそなのかもしれないが、安易なドラマ性や感動を演出の基礎にしておらず、セリフよりもアクションに重きが置かれていて、映像にとても力がある。そこが良い。
日本初となる上映に、貴君もぜひ潜入されたし。
「イタリア映画界の異端児 アゴスティの世界」 4月16日(土)~29日(土・祝)元町映画館 |
野村雅夫(のむら・まさお) ラジオDJ。翻訳家 FM802でNIGHT RAMBLER MONDAY(毎週月曜日25-28時)を担当。イタリア文化紹介をメーンにした企画集団「大阪ドーナッツクラブ」代表を務め、小説や映画字幕の翻訳も手がける。 |
1つの街を「自分の街」と思えるのはどんな時だろう。新年度が始まって間もないこの時期、新天地で、生まれ変わったような自由さと少しの心細さを感じている人は多いことだろう。大阪市内の会社に就職し京都市の自宅から通うようになったころ、私はほとんど未知の世界だった大阪の街を、毎日少し緊張しながら歩いていた。人々が歩く速度や、服の雰囲気、顔つきを観察し、街のリズムを肌で感じながら、雑踏に溶け込もうとしていた。やがて、仕事前に立ち寄るコーヒー店が自然と決まり、本屋が決まり、パン屋にお気に入りのパンを見つけ、いつのまにか街に慣れていた。
いまコーヒー店の窓際の席で、外の雑踏を眺めながらふと携帯電話をひらく。そういえば、この街にまるで居場所がなく、知り合いもいなかったころでさえ、この携帯にメールは届いた。雑踏のなかで立ち止まり、song_of_komadoriというアドレスから返信をした。「私はここにいます」。そんな気持ちだったと思う。
澤村斉美(さわむら・まさみ) 歌人。 1979年生まれ。京都を拠点に短歌を見つめる。「塔」短歌会所属。 2006年第52回角川短歌賞受賞。08年第1歌集『夏鴉』上梓。 |
日本で最も有名な廃墟といえば軍艦島だろう。正式な名称は「端島(はしま)」で、1974年に閉鎖され、その後は無人島になった。木造の部分は台風などの影響でほとんど無くなってしまったが、コンクリートの建物の多くはその姿をとどめている。島内で最も古い7階建ての30号棟は1916年に建てられた。日本最初の鉄筋コンクリート住宅でもある。30号棟内は天井が低く、かまどや水カメなどもあり、近代的な住宅とは異なる雰囲気を感じられる。
小林哲朗(こばやし・てつろう) 写真家。保育士 保育士をしながら写真家としても活動。廃墟、工場、地下、巨大建造物など身近に潜む異空間を主に撮影。廃墟ディスカバリー 他3 冊の写真集を出版。 |