野村雅夫 フィルム探偵の捜査手帳つなげた男はつながれず ~ソーシャルネットワーク~ |
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澤村斉美 12の季節のための短歌川を見てゐた手だらうかうつすらと電車の窓にしろき跡あり |
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小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー廃工場 |
(聞き手・進行 牧尾晴喜)
建築物に要求される多様な条件をすべて内包しながら明快かつ印象的な建物を創り出す建築家、藤本壮介氏。彼に、創作活動に対する姿勢や、これからの建築に対する考えについてうかがった。
------最近は、海外でのプロジェクトも増えていますね。文化的な違いで驚くことなどもありますか?
藤本: いまヨーロッパでは比較的小さな住宅やパビリオン、展覧会の会場構成などを手がけていますが、僕の建築を理解してくれた上で声をかけてくれているので、非常にやりやすいですね。こちらからの提案に対して、文化的な違いが原因で駄目だということはあまりなく、むしろ、違いからくる新鮮さを楽しみにしてくれているようです。
これまでの日本でのプロジェクトで、たとえば「HouseN」は、空間構成からみれば、ある意味、典型的な日本らしいものと言えます。「間」やあいまいさというものが大きなテーマになっている。でも一方で、白壁や幾何学的な構成というヨーロッパ的な要素もあって、その不思議な同居に興味を持ってくれているようです。
僕の建築の大きな特徴の一つは、文化の違いを超えて、人間というものが本来的に持っている身体的、感覚的、社会的な側面の根っこに立ち返って、そこから空間と人間の関係を新しく再構築していくところにあると思います。一見とっぴな提案に見えるときにも、根本のところで人間の本質に触れている。そういう原初的とでも言える部分が、文化を超えて理解されているのではないかと思います。一方で、それが建築として形をとる時には、やはりどこかで日本的な思考が入ってくる。その意外性に驚いてくれるのは面白いですね。
------アジアや南米ではいかがですか?
藤本: 上海ではいま、割と大きな美術館を手がけています。中国は同じアジアの国だけれど、建築のスケール感やそこに投入されるエネルギーはまったく違っていて、ヨーロッパ以上に異質な驚きもあって、面白いですね。やはり僕たちの建築というのはヨーロッパがベースで始まっているんですよね、教育も含めて。中国には自分が想像していなかったスケールやスピードがある。それが良いのか悪いのかということを超えて、新たな視点を開かせてくれます。
南米は最近、講演会で訪問しました。講演で批評や質問を受けると、これまでは無意識的であったことも、意識せざるをえなくなります。たとえば普段は無意識的に日本的な考え方をしながら、建築に取り組んでいます。僕が設計させてもらった建築では内部と外部が曖昧につながっていたり、自然と人工がヨーロッパとは違った方法で共存していたりする。特に講演ではそういう文化的な違いに興味を持ってくれて、質問を受けたり、講演会後に現地の建築家と議論したりするのですが、そういう対話を通じて、自分がやっていることの意味や可能性を再認識することが多々あります。それはとても刺激的なことですね。
------「ネクストアーキテクト 8人はこうして建築家になった」(学芸出版社)では、大学卒業後、孤独に設計をしていて、いわゆる「ニートみたいな時期」もあったと書かれてありますが(笑)、世界的に活躍されている今から振り返ってみるといかがですか?
藤本: 改めて振り返ってみると、その頃がなければ今の自分はないなとおもいます。仕事がない分、時間だけはいっぱいあったんです。将来的に自分はどういう建築をつくるんだろう、これからの建築はどういうものになっていくんだろう、みたいなことを考えながら過ごしていました。考えるだけじゃなくて、小さな案にしたりコンペに出してみたりして、その頃に考えていたことのいくつかは、確かにいまの仕事のベースになっていますね。そんな風に結果としてつながっているだけかもしれないけれど、恐ろしいな、という気もします。一人の人間が考えることというのは、最初は本人もその価値が分かっていないけれど、そのアイデアの根っこみたいなものから色々と成長していって、自分が想像すらしていなかった展開になっていく、といったことが確実に起こります。だから、やることがなかったというあの時期は今思えば素晴らしく恵まれていました(笑)。
当時もあまり不安な感じはなかったんですよね。仕事がまったくなくて、将来の見通しも立たない状態でしたが、それでも未来の建築について考えるのが楽しかった。たぶん楽観的じゃないと建築家にはなれないとおもいます。あまり現状だけに左右されず、未来像は常に思い描いていたいですね。
------ご出身は北海道ですが、どんな子ども時代でしたか?
藤本: 「図画工作命」でした(笑)。図画工作が大好きで、ものを作るのがとにかく好きだった。あとは、まわりに自然がたくさんあったので、森や藪の中で遊んでいました。その2つしかやってなかったです。でも勉強はできましたね(笑)
------昨年竣工した武蔵野美術館・図書館についてお尋ねします。この建築は単純化して言ってしまうと、「一個の本棚がグルグル」している形をしています。この強烈な空間イメージは、どのようにして出てきたのでしょうか?
藤本: できあがってみるとシンプルなつくりだけど、つくっていく過程ではものすごい試行錯誤がありました。何もないところにインスピレーションがふわっとおりてくる、ということは残念ながらないですね(笑)。この建築の場合には、最初に図書館の複雑な機能をどういうふうに再解釈するかというところから始めましたが、そのとき、図書館の両義性が面白いと感じたんです。本を探せるシステマティックな機能性、つまり「検索性」と、森のように混沌とした空間をさまよい歩けるような豊かさ、つまり「散策性」です。この2つは一見、相容れない要素なので、どちらかを切り捨てて単純化してしまう危険があります。そこを何とか両立できないか、と色々と試していく中で、最終的にあのようにシンプルな渦巻き状のものに行き着きました。渦巻という形が、そのような両義性を内包しているという発見があったんですね。そういう意味では非常に感慨深いものがありましたね。
情緒障害児のための短期治療施設なども手がけましたが、そのように、単純なプログラムではない建築のほうが得意だとおもっています。つまり、色々な状況をすべて含みこんだ上で、明快な建築を創り出すということ。そう考えると、この図書館ではまさに本領を発揮できたという感じがしています。
------図書館・美術館の場合には、住宅などと違って、発注者と利用者が違うという難しさもありそうですが?
藤本: そうですね、ただ、今回は大学側で20人くらいの委員会を作ってくれたんです。そのメンバーには、図書館の運営に携わる人、美大でものを創る人、そして同時に教員として図書館を利用する人も含まれる。そのような色々な意見から、求められるものがあぶりだされてくるんです。さまざまな視点からの図書館像を一つの方法としてまとめて、融合していきました。一人のクライアントさんの個性的なキャラクターとやりとりするのも面白いんですが、色々な視点から、多様性を内包した図書館像があぶりだされてくる、というのもやりやすくて、面白かったですね。
------その辺りの経緯や概念を記された本「現代建築家コンセプト・シリーズ別冊1 藤本壮介|武蔵野美術大学美術館・図書館」(INAX出版)では、3人の写真家たちが撮りおろした建築写真を使うという、珍しい構成になっています。
藤本: 編集者、デザイナー、僕の3人で話をしているときに、いろんな見方ができる建物なので、複数の写真家にお願いするのが面白いのではないか、というアイデアが自然とでてきました。それも、建築写真家が3人ということではなく、建築写真を専門にしていないような方にもお願いしたいな、ということになりました。出来上がってみると、想像していた以上に3人の意図しないコラボレーションが面白い複層性を生み出したと思いますね。編集や装丁も含めて、一冊の本が、単に一つの建物を伝えるだけではなく、その建物への関わりの可能性、視線の無限性の豊かさを表現することができたのではないかと思います。
------建築のインスピレーションとして、ホルヘ・ルイス・ボルヘスや安部公房などの名前が挙がっていることがありましたが、小説のような文学から立体的な空間を着想することもありますか?
藤本: 直接的にインスピレーションを得ているかどうかについては、正直、よくわかりません。ただ、ボルヘスの「バベルの図書館」は図書館という建築を題材にしている小説で、以前から究極の図書館だと思っていたので、図書館を設計するとなると意識せざるをえなかった。小説に出てくる図書館をそのまま具体化するんじゃなくて、小説のなかの建築が持つ奥深さに匹敵するようなものになれば素晴らしいな、という思いがありました。そんな風に、小説が何かの折に何かのインスピレーションになることはあります。
------施主さんとのやりとりについてお尋ねします。藤本さんが設計された建築では、「とんでもないアイデア」が実現していることが多いですが(笑)、何か特別な交渉あるいは説得の方法はあるのでしょうか?
藤本: クライアントさんの「説得」については、外国での講義でも質問されることがあります(笑)。ただ、魔法のような方法というのは全然ないですね。こねくりまわして説得を試みるのではなくて、正直にプレゼンをすることを心がけています。自分が本当に面白いと思っていることを正直にお伝えする、というのが一番じゃないかと。たとえば住宅の場合には、施主さんの要望や敷地などの条件から考え始めます。自分が施主さんのキャラクターになって検討していくうちに、これは楽しそうだなとか、豊かな生活ができそうだな、となってくるんです。単純に建築として一風変わっている、というだけでは面白くないですよね。そこで豊かな生活が起こってくるようなものをつくっていきたいです。新しい豊かさですね。人間って、こんなふうに住んでも良かったんだ、こんなふうに住めたら毎日が楽しそうだ、という、とても根源的で、それでいてシンプルな動機から始まっている提案は、共鳴し合えると思うんです。結果として、見た目は不思議なものだったりすることがありますが(笑)、生活の楽しさに共感していただけるかどうかであって、説得ということはないですね。施主さんに「自分たちには合っている気がする」といった感想をいただいて動き出すことが多いです。
------図面や模型から実際の現場で建物になっていく過程で、建築家としても予想外の喜びや驚きというのはありますか?
藤本: 現場での想定外の事態については、実施設計のレベルで対処しているので、想定よりもクオリティが低くなっているということはないですね。基本的には、建築家である以上、こんなはずではなかった、というのは許されませんから。これは個人的な考えですが、これまで手がけてきた建築では、実際にできあがった空間として体験してみて、「こういう感じだったのか」という喜びを感じることが多いですね。自分が想像していたものを超えた良さがある。これは建築の醍醐味でもあると思います。
------新しいアイデアやスタイルは、どのように着想されますか?
藤本: 初めて訪れる色々な場所や、他の建築家の建物に触れてインスピレーションを受けることも、もちろん多いです。
ただ、最近は、あちこちに出かけていても日本に戻ってきて事務所に2日間くらいいて、その時間にスタッフとテーブルを囲んでディスカッションを繰り返してプロジェクトを動かしているというスタイルです。そういう風に喋っている中でアイデアが出てきたり成長したりすることが多いですね。そこが僕らの事務所の、なんというか、創造的な部分の原動力になっている気がします。とくに最近は、自分が既に考えていたことでも喋っていく中で思いもよらないことが出てきたり、スタッフのアイデアを一緒に成長させていったりと、ディスカッションの比重が高まっています。事務所のスタッフ全体、さらには事務所の空間や置いてある模型なども含めて、拡張された人工知能のように機能していけばいいなあと考えています。そのために仕事の進め方なども全員でしっかり共有しますね。一人でやっているよりもちろん楽しいですし、自分一人で考える以上のことを考えられます。
------今後どのような建築を創りだしていきたいですか?
藤本: 海外でのプロジェクトは今もいくつか動いていますが、より色々な形で動くと面白そうだと考えています。自分がまだ知らない世界でのチャレンジなので。
一方で抽象的な話ですが、最近は「森」という言葉が気に入っています。これからの建築はいままでのように整理整頓された状態というより、もっと意味不明であったり分かりにくいものも含めて、様々なものが共存するような場所になっていくのではという気がしています。具体的にどんな場所だと聞かれると困るんですが。森の中って、色々なものがあって良く分からないじゃないですか。人間にとって明確な意味があるものはそんなに多くなくて、他の動植物にとってたまたま役にたっている物があったりして、ものすごく複雑な全体像をなしている。人間が活動するときに、意味がはっきりしている物しか存在してはいけないような状況になりつつある気がして、もったいないとおもいます。今は意味が分からなくても、それをどう使えばいいかを、5年後に誰かが発見するかもしれません。とてもあいまいな言い方しかできなくて申し訳ないのですが、なんというか、人工物、人工的な環境というものの持つ質が、大きく変わっていく予感がしているのです。そんなふうに、非常に複雑な総体としての森みたいな建築をつくってみたいという思いがありますね。
2010年12月28日 大阪にて
House N 撮影:Iwan Baan |
情緒障害児短期治療施設 写真提供:Sou Fujimoto Architects |
ネクストアーキテクト―8人はこうして建築家になった
遠藤秀平編、学芸出版社 2007年、定価1,680円(税込) |
武蔵野美術大学 美術館・図書館、ダイアグラム 資料提供:Sou Fujimoto Architects |
藤本壮介|武蔵野美術大学 美術館・図書館 (現代建築家コンセプト・シリーズ別冊)
著者:藤本壮介、写真:阿野太一、石川直樹、笹岡啓子 INAX出版、2010年10月10日発行、定価2,205円(税込) |
建築が生まれるとき
著者:藤本壮介 王国社、2010年10月10日発行、定価1,995円(税込) |
藤本壮介|原初的な未来の建築 (現代建築家コンセプト・シリーズ)
著者 藤本壮介、伊東豊雄、五十嵐太郎、藤森照信 INAX出版、2008年4月15日発行、定価1,890円(税込) |
藤本壮介(ふじもと そうすけ) 建築家。1971年、北海道生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、2000年に藤本壮介建築設計事務所を設立。2009年より東京大学特任准教授。慶応義塾大学・東京理科大学にて非常勤講師。2008年、JIA日本建築大賞とWorld Architectural Festivalー個人住宅部門最優秀賞。2010年、Spotlight : The Rice Design Alliance Prizeを受賞。 代表作に「情緒障害児短期治療施設」(2006)、「武蔵野美術大学 美術館・図書館」(2010)などがある。近著に「建築が生まれるとき」(王国社)。 |
やあ、私だ。学芸カフェは居心地がいい。ついつい長居をしてしまう。丸5年。さすがにそろそろ「蛍の光」と共に追い出されるかと思いきや、マスター曰く、「まだいるといい」。私は素直に首を縦に振ることにした。
もし君がここの常連なら、この「固ゆで卵」な文体に戸惑いを隠せないかもしれない。いつもと雰囲気が違うじゃないかと。大きな声では言えないが、実は探偵を始めたのだ。捜査依頼の受け付けは映画のみ。封切り前の作品を迅速に調査し、その見所を暴きだす。その名もフィルム探偵。人は私をそう呼ばないので、仕方なく私が自分でそう呼ぶことにした。なに? 要は映画の新作紹介なんでしょ? そういう直接的な言い方があることを認めるのもやぶさかではないのだが、私に言わせれば、それは少しピュアに過ぎる。第一、探偵には似つかわしくないではないか。これは断じて捜査日誌だ。違和感のある者は、それをそのまま呑み込みつつ、これからの1年もよろしくお願いしたい。
年始からこんな御託を並べているうちに文字数に限りが…。私としたことが…。しかし、この『ソーシャルネットワーク』にも、驚異的な量の御託が並べられる。何しろ2時間の上映中、3秒に1度のハイペースで字幕が表示されるのだから。
世界最大で5億人以上を束ねるFacebookの創始者ザッカーバーグ。現在26歳。彼がハーバードの学生だった19歳で作り始めた、この肥大化を止めないネットワークを巡る、法廷での友人たちとの泥仕合。数々の証言。交錯する映像。知的なジェットコースターとも言えるこのフィルムにおける見所を一つに絞って大局的に挙げるなら、それは、5億人をつなげるシステムを構築しようとも、彼自身が本当につながりたい人とはつながれずにいるところだろう。その事実が示される終幕近くのシーンは、きっと深い余韻を与える。Facebookがパブでの女子大生との諍いから生まれたということを、改めて驚きと共に思い返すことになるはずだ。
『ソーシャルネットワーク』 2011年1月15日(土)全国ロードショー |
野村雅夫(のむら・まさお) ラジオDJ。翻訳家 FM802でNIGHT RAMBLER MONDAY(毎週月曜日25-28時)を担当。イタリア文化紹介をメーンにした企画集団「大阪ドーナッツクラブ」代表を務め、小説や映画字幕の翻訳も手がける。 |
通勤の途中、十三と中津駅の間で長い橋を一つわたる。阪急新淀川橋梁。流れる水はくらく、滑らかだ。空は茫漠とひらけている。
電車が、がこーんがこーんと鐘のように橋を鳴らしていくあの音が好きだ。水面にはユリカモメの群れがたよりなく浮いている。土手をジャージの人が走っていく。自転車をとめて寝転がる人がいる。遠くの橋を車の列が行く。雲がながれていく。
川に見入っているのは私だけではないようで、窓に手をつけて見ている子どもや、窓に寄り添う同じく通勤中らしい人の横顔などを見るとほっとする。
冬、車内の窓がくもるとき、うつすらと指の跡が浮きあがることがある。ここにはいないその跡の主も、窓にそっと手をあてて川を見ていたのかもしれない。
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日常の中で肌に感じられる季節を、言葉ですくいとりたいと思いました。
12の季節の短歌をおとどけします。
澤村斉美(さわむら・まさみ) 歌人。 1979年生まれ。京都を拠点に短歌を見つめる。「塔」短歌会所属。 2006年第52回角川短歌賞受賞。08年第1歌集『夏鴉』上梓。 |
身近なものほど見えにくい!日常に潜む灯台下暗しな異空間を発見する「モトクラ!ディスカバリー」第1回目はあなたの町にも潜んでいるかもしれない廃工場を紹介する。
錆びた鉄、朽ちゆく壁、無造作にのびるツタ。耳から入ると、ちょっとネガティブに感じる言葉だが、目を通すと心を動かされる景色に見えるから不思議だ。ここは日本で最も古い部類に入る超巨大セメント工場だった。施設内はレンガ製の古いプラントや近代的な金属製の極太パイプがあり、時代の流れを感じさせてくれた。役目を終え静かに佇む工場内は野犬や野良猫、鳩の住処となっていたが、終には取り壊され現在は更地になっている。
小林哲朗(こばやし・てつろう) 写真家。保育士 保育士をしながら写真家としても活動。廃墟、工場、地下、巨大建造物など身近に潜む異空間を主に撮影。廃墟ディスカバリー 他3 冊の写真集を出版。 |