きむいっきょん ラブ!なこの世で街歩き見よ!情熱のスパーク |
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野村雅夫式「映画構造計画書」これは家出じゃなくて脱獄だ ~ペルシャ猫を誰も知らない~ |
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【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美巻貝姉妹、妹の場合 |
(聞き手・進行 牧尾晴喜)
日常に潜むシャッターチャンスを独特の感性で捉える若手写真家、梅佳代氏。彼女に、創作活動に対する姿勢や、現在開催中の展示についてうかがった。
------東京につづき、大阪でも梅佳代写真展『ウメップ:シャッターチャンス祭りinうめかよFIVE』がスタートしましたね。見どころは?
梅: 表参道ヒルズでの写真展と比べると、展示している写真は同じですが会場が違うので、両方に来てくれた人からは「展示の雰囲気がより濃密になったね」と言われます。
------会場のBGMも、梅さんのアイデアですか?
梅: そうです。芸能人じゃなくて、一般の人がカラオケで歌っている音楽を流しています。日程がギリギリだったので、知人に「早く!AKB48の歌を覚えて!」みたいな感じで歌ってもらいました。まわりも最初は「えー?」とか言いながら、結局は楽しそうに歌いあげる、という感じでしたね。あのBGMのおかげで、より濃密なのかも(笑)。
------最近刊行された『ウメップ』をはじめ、作品では、横向きのアングルが多いですね。
梅: たまに縦も撮るけれど、ほとんどが横です。だいたい「とっさ」の時には横になります。
------2009年の太宰治表紙シリーズも、文庫本にしては珍しく横向きです。
梅: 横向きの写真しかなくてどうする?ってなったんだけど、デザイナーさんが「横でいこう」と言ってくれて。角川文庫の人ははっとしてたけれど、デザイナーさんが推してくれたので、無事に横向きでできました。
------今回の大阪HEP HALLでの写真展もそうですが、たとえば金沢21世紀美術館での写真展や、三菱一号館美術館竣工記念展など、特長ある建物での写真展や撮影の機会もありますね。特に気をつかうことなどは?
梅: 撮られる人からすると私という写真家のことは関係なかったりするから、そういう特別な場所で撮影する場合には、乱暴にならないように特に気をつけます。まあ、いつも気をつけていますけれど。
------撮影した時のイメージと、現像されてきた写真の落差で、喜ぶことや落ち込むことはありますか?
梅: 一瞬落ち込んだりすることもあるけど、まいっか、みたいな感じですね。一か月くらい経って改めて見たら、前よりも面白いと感じることの方が多い。時間が空くと印象が完全に違っていて、それが写真のすごいところだとおもう。
------小さい頃にカメラを触ったりする機会はありましたか?
梅: 私たちが小学生くらいの時ってデジカメじゃなかったし、フィルムがもったいないから、あまり撮るなと言われてましたよね。だから、カメラに触ることはなくて、高校生くらいで、コンパクトカメラで撮り始めました。
------学校の図工や美術の時間なんかはどうでした?
梅: 図工や美術の成績は、だいたいいつも5段階評価の「4」でした。学校とかで図工の授業って、よっぽどハートが強くないと、皆と違うことをすると気まずいですよね。やりづらい空気とかあるし。
あ、そういえば、小学校5年生の夏休みの工作で、めっちゃデカいロボットを作っていったんです。箱を組み合わせて160センチくらいの高さがあるようなロボット。自分より大きくて、運ぶのも手伝ってもらって、「搬入」というレベルでした。ロボットがふらふらするからどうしようってことになって、入浴剤のバスクリンの缶をおもりで両足に入れたんです。このロボットは賞をいただきました。
いま思えば、私にとって初めてのアート。原点でしたね。そうやって人と違うことをするのは重要だけど、勇気がいりますよね。特にそのくらいの年齢だと。要らないことも言われるし。その時も、ひとつ上の小学校6年生の男子に「デカけりゃええってもんやねえ」と言われました。今はデカけりゃええって思うけど。方法の一つとして。
------梅さんの今の方向性を決めたできごとの一つかもしれないですね。
梅: たとえば高校生くらいの時に、私はこっちに行こう、って自分の方向性を決めるときってあるでしょ。まわりの女子はかわいいことをやってて、でも私はそうじゃないって思うことが時々あって。小学生みたいな子どもの頃でもやっぱりそういう考えがあって、このロボットは、方向性を決めるできごとの一つでしたね。ぶりっ子路線はやめよう、という。
------高校を卒業してから、大阪で専門学校に通っておられましたね。
梅: でも、当時はいわゆる「田舎もん」すぎて、大阪をぜんぜん探検していない。3年目の最後くらいに、やっと一人でアメリカ村にいけるかも、ってくらい。あとは、学校と寮の周辺をウロウロしてました。
当時の寮の管理人のおばちゃんは、今も食べ物を送ってくれたりして、私のことを気にかけてくれてるんです。その人を撮影した写真、『ウメップ』にも入ってます(右側写真、上から4枚目)。
------写真に対する、海外の人の反応はどうですか。
梅: 表参道ヒルズでの写真展でも、たとえばオーストラリアの人が「オーストラリアでもこの写真展を開催してほしいわ」なんて言ってくれたりしました。ただ、日本人の場合と、リアクションは違うことが多いですね。ストレートな、分かりやすいところに反応してくるというか。日本人にしか面白くない写真もあるとおもいます。
------「梅佳代(うめかよ)」という名前について。
梅: 「本名ですか?」ってよく尋ねられます。本名です。じいちゃんが「佳代」ってつけてくれたんですけど、4文字に違和感を持たなかったんですね。すぐに覚えてもらいやすいし、名前で得をしていることはたくさんあるとおもいます。
------今後のビジョンは?
梅: 妻夫木聡さん、要潤さんに会いたいですね。ミーハーな気持ちが強いんです。年齢が同じ人は特に好きになりやすいみたいで、小池栄子さんもずっと撮りたいと思ってて、先日、撮影の機会がありましたし。人に興味津々なんですけれど、特にハンサムな人が好きなんです。大阪の写真展でも、入ってまっすぐの位置にハンサムの写真がありますよ。
2010年10月4日 大阪にて
『ウメップ 』(リトル・モア社、2010年、定価2,100円(税込)) |
HEP HALLでの写真展風景1 梅佳代写真展ウメップ:シャッターチャンス祭りinうめかよFIVE 日程:2010年10月2日(土)から15日(金) 場所:大阪HEP HALL |
HEP HALLでの写真展風景2 *写真展の風景写真は、主催者の許可を得て掲載しています。会場での写真撮影はお控えください。 |
写真集『ウメップ』より |
斜陽 (角川文庫)
太宰治生誕100周年フェア |
梅佳代(うめ かよ) 写真家。1981年、石川県生まれ。日本写真映像専門学校卒業。 キヤノン写真新世紀にて『男子』(2000年)、『女子中学生』(2001年)がそれぞれ佳作を受賞。2007年、ファースト写真集『うめめ』(2006年、リトルモア)で第32回木村伊兵衛写真賞受賞。写真集に『男子』(2007年、リトルモア)、『じいちゃんさま』(2008年、リトルモア)。共著に『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代』(三省堂)ほか、昨年は作家太宰治の生誕100年を記念した角川文庫の太宰作品全タイトルの表紙を手掛けた。「うめめ:ここは石川県の部屋 梅佳代写真展」(金沢21世紀美術館)のほか、近年では三菱一号館美術館竣工記念展「一号館アルバム」など、国内外で展示多数。2010年は7月23日に写真集『ウメップ』を刊行、8月7日から東京・表参道ヒルズにて、10月2日から大阪・HEP HALLにて個展を開催。 |
街を歩いていると、「なんでこんなことやっちゃったんだろう」という光景に出逢う時がある。
人から見たら「??」でも、やってる本人は大真面目・・・。
私は、そんなわけのわからない情熱のスパークが好きだ。
先日、そんな情熱が大スパークしているお家を見つけて久々に興奮した。
「謎のお家」 |
「あ!ここ『探偵ナイトスクープ』で見たことある」と思わず写真を撮ったのが、この謎のお家。
『探偵ナイトスクープ』は面白情報の宝庫であり、そこに出たことのある場所(ひと)は(関西人にとっては)超有名人といっても過言ではない。
鉄人28号が迎えてくれるこのお家は、遊園地でもなんでもなく普通のお家だ。
私の記憶が正しければ御主人が「せかいへいわ」を目指して、自宅に色々な仕掛けを作りはじめたらしい。
ちなみに奥に見える緑の固まりは・・・
「カエルのいえ」である。
なんと素敵な・・・
しかし何でまた・・・
ということで、こういう情熱のスパーク!これこそ私が「ラブ」を感じる風景だ。
そして何を隠そう、私は学生時代にラブホテル研究に没頭していた。なぜならラブホテルにもこのような情熱のスパークが各所に散りばめられているからだ。
謎のお家に触発されて久々に写真をひっくり返したら、もう情熱のスパークの嵐でちょっと興奮してしまった。なので、今日はそんなお宝写真を公開します。
「目黒エンペラー」 |
街の中に突然お城!
しかも西洋の古城のようなお城。
これは、ラブホテル界では超有名な「目黒エンペラー」!(建てられたのは1973年ですよ、すごくないですか?)
その名の通り、東京の目黒にある伝説のホテルだ。
(どんな伝説を残したのかは『ラブホテル進化論 (文春新書)
』(文春新書2008)をご参照ください)(是非)
しかし、関西も負けてはいない。
「醍醐」 |
またもや街の中に突然お城!
古きよきニッポンのお城である。しかも天守閣付きだ。
すごいなー。かっこいいなー。
ここ「醍醐」は、大阪・天王寺を代表する観光スポットだと(私は)思っている。
実際に行ってみると、窓の形から玄関まで本当にこだわって建てられているのがよくわかる。
ホテルの上にお城をつける必要なんて全くない。全くないんだけど、建ててしまう男気(?)にときめいてしまう。
そして最後に・・・
「クイーンエリザベス」 |
道路の横に突然船!船である。
ほんとなんでこんなことやっちゃったんだろう。
でもかっこいい(ハート)
この「クイーンエリザベス」は千葉にあるのだが、何を隠そう一軒だけではない。埼玉や群馬にもこういった船型ホテルがある。同じく、車を走らせていたら突然船!である。
なんと素敵な・・・
ということで、久々に飛び散った情熱にあたって少し楽しくなってきてしまった。
もう一回、ラブホテルを研究しようかと思っている今日この頃です。
金益見(きむ・いっきょん) 人間文化学博士。大学講師。 2008年『ラブホテル進化論 (文春新書) 』でデビュー。同年、第18回橋本峰雄賞受賞。 |
「表現の自由」という言葉があるけれど、イデオロギーや猥褻や暴力といった規制に限らず、もっと身近に考えてみれば、性や年齢や組織や道徳といった自分の価値観みたいなものによっても、ある種の自己規制やバイアスがかかってしまう。もちろん、そういった違いがあるからこそ生まれる表現も数多くあるから、一概に否定はできないのだけれど、もしあなたが何かの表現で(無意識にでも)自己規制を敷いてしまっていたり、あるいはもっとシンプルに、言いたいことが言えずに息苦しい想いをしたことがあるなら、バフマン・ゴバディ監督の『ペルシャ猫を誰も知らない』を観るといい。必ずや自由の得難さを追体験し再確認できる。
イラン映画は世界的に名の知れた監督もいるわけで、イデオロギー的な検閲はそうないものだと思い込んでいた僕は、その厳しさを目の当たりにして心底驚いた。メディア・映画・音楽・演劇・文学・ファッション。あらゆる表現が監視下に置かれている。その中でこの作品が扱うのは音楽。伝統音楽以外をひっくるめて「インディー・ロック」と呼ばれる総体は、フォークからヘビメタやヒップホップまで内包していて実に豊かだ。ただし、これはすべて地下活動。海外での規制のないライブやレコーディングを望んで亡命を企てる若者たちの眩しいばかりの熱情が、60年代に新しい映画の語り口を打ち立てんと画策したヌーヴェル・ヴァーグのような野心あふれる映像で活写されている。実在の事件、場所、人物に基づいてこの作品を撮った監督自身が、たった3週間での無許可撮影の後、イランを離れて海外に住むようになったという事実は、この躍動と緊張に満ちた物語の強度をいや増す。家出レベルの話ではない。もはや脱獄ものと言うべきだろう。彼ら新しい世代のイランの表現者たちが、亡命先でなく自分たちの土地で創作を始められるとき、僕たちも脱獄できるかもしれない。イスラム世界に対する偏見という名の牢獄から。
2009年カンヌ国際映画祭<ある視点>部門特別賞 10月16日梅田ガーデンシネマ、11月13日京都シネマ、順次神戸アートビレッジセンター にて公開 |
野村雅夫(のむら・まさお) ラジオDJ、翻訳家 1978年、イタリア、トリノ生まれ、滋賀育ち。 イタリアの知られざる映画・演劇・文学を紹介する団体「大阪ドーナッツクラブ」代表を務める。 FM802でDJとして番組を担当。 |
休暇はまだ一日残っていた。が、巻貝リカは事務所に向かっている。
海外のコンペで賞を取り、パーティー出席ついでに遊んでくれば? というエミの提案で、思いきりヨーロッパを満喫し、気分よく帰ってきたはずだった。でも、日本に着いた途端に、急に自分が留守だった間の事務所の様子が気になって、落ち着かなくなったのだ。
ただし、リカが気にしているのは仕事ではない。
二週間、お姉ちゃんと浩太が二人きり、と思った瞬間にリカの胸はもやもやと騒いだ。
(家にしか興味がないお姉ちゃんが浩太とどうにかなるなんて、まず考えられないけど、でも、お姉ちゃん美人だし、もしかしたら浩太は年上好みで、年上なほどいいのかもしれない。というか、何だこれ。この感情。あー、やだ。あんな男相手に、こんな葛藤してる自分が許せない)
大股で歩いてきて勢いよく戸を開け登場したリカに、浅野浩太は、うおっと声を出して驚いた。
「わ、リカさん、お帰りなさい。その態度のでかさ、一瞬、エミさんかと思いましたよ」
いつもどおりの事務所の様子だった。そして、いつもどおりの浅野浩太。事務所にエミはいなかった。
「……ていうか、何ですか。その、めいっぱい不機嫌な登場は。ヨーロッパ、よくなかったですか?」
「いや、すごくよかったよ、ヨーロッパ」
言いながら、エミは自分がお土産も持たずに手ぶらで来たことに思い至った。
「でも、リカさんが帰ってきてくれて嬉しいです。俺、待ってましたよ」
浩太がにっこりと笑う。その笑顔に、リカはどきりとする。胸の中のもやもやが、一瞬で全部吹き飛んだ。
「もう、一人じゃ仕事終わらなくて」
「は?」
見てくださいよ、これ、と浩太が示したパソコンのモニター画面には、大量の電話応対リストがあった。あれも、と指差した先には、ぴかぴかと着信しては留守電応対している電話が見える。
「注文や取材が殺到してて、電話は全部取ってたら追いつかないから、ああやって留守電にしてるんです。エミさんは考え事があるって、上にこもって降りてこないし、ここ、俺一人ですよ」
「わたしがコンペ取ったから?」
と、リカは尋ねた。あんなフェチ建築の注文が殺到するなんて、ちょっと離れているうちに日本人もずいぶん寛容になったものだ。
「違いますよ。エミさんに注文です。その雑誌に載って以来、取材も注文もひっきりなしですよ」
デスクの上に、有名な建築雑誌が置いてある。リカは、開かれたままのページに載っている建物の写真を見て顔色を変えた。長年、エミの設計図を見てきているリカには、一目でそれが、エミの設計による建築だと分かった。
しかも、CGじゃなく、写真だ。実際に建っているのだ。
「吉澤財閥の会長の別荘らしいですよ。会長が亡くなって公開OKになったって。いやあ、エミさん、実際に建てたことはないって言ってたのに、ちゃっかりこんな大物の家を建ててたんですね」
返事がないので、浩太は顔を上げた。リカは青ざめた顔で、雑誌を見つめている。
「あれ、リカさんも知らなかったんですか?」
「……知らなかった」
リカは、それ以上何も言えずうつむいた。
つないでいた手を突然離され、突き落とされたような気分だった。でも、こんな気持は幼いときから何度も味わってきた。いつだって、お姉ちゃんは、大事なことはわたしに黙っている。もう子供じゃないのに、仕事のパートナーだと思ってたのに、本当のところでは全然信頼されていない。
「ちょっと、上、行ってくる」
リカが雑誌をつかんで、ぽつりと言った。
「あの、リカさん、それより仕事手伝って……」
浩太の声は、ぴしゃりと閉められたガラス戸にさえぎられ、むなしく事務所に響き渡った。
(続く)
寒竹泉美(かんちく・いずみ) 小説家 1979年岡山生まれ。小説家。 2009年第7回講談社Birth最終通過。「月野さんのギター (講談社Birth) 」にてデビュー。 ウェブサイト「作家のたまご」 |