きむいっきょん ラブ!なこの世で街歩き

柄にまつわるエトセトラ

野村雅夫式「映画構造計画書」

金網越しに黒革の手袋 ~ボローニャの夕暮れ~

【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美

優秀な探偵

インタビュー 喜多俊之 氏

(聞き手・進行 牧尾晴喜)

具からテレビやロボットまで幅広い分野のデザインで多くのヒット製品を生み、国際的に活躍するプロダクトデザイナー、喜多俊之氏。彼に、デザインに対する姿勢や今後の抱負についてうかがった。

------家具や照明器具からテレビやロボットまで、いろいろなものをデザインされていますね。たとえば食器とテクノロジー関連の製品では、デザインを考えるアプローチというのは異なりますか?

喜多: 同じですね。デザインする時の原点として、使う側、その時代の、その製品を使う人になりきります。自分が使う側だったら、何が嬉しいかなあ、と。部屋とのバランス、使うシーン、たとえば食器なら洗いやすいか、といった感じで、実用的なことが好きかもしれません。まわりからは、もうちょっと大らかでもいいんじゃない?と言われたりもしますが(笑)。
デザインは一種のハッピー産業だとおもっています。使ってくれる人、作ってくれる会社が、最終的にハッピーになれるのかどうか。そんなことをどこかで考えながらデザインしています。

------デザインで特に苦労したものはありますか?

喜多: たとえば、テレビなんかは苦労します。いわゆるマーケットとの兼ね合いがありますので。作る数の桁が違うので、ちょっとした失敗が命取りです。気楽ではなかったですね。大きなプロジェクトだと、自分の意見以外で方向が変わることも多いですし。

------仮に喜多さんの思うデザインと違うものを要求された場合、どうしますか?
喜多: そういうことも実際にありましたね。できるだけ臨機応変に対応しています。デザイナーとしての意見は言う、でも、絶対にゆずれないこともない。そのバランスですね。デザインは妥協と、そうでないところのメリハリですから。

------喜多さんのその辺りのメリハリについて、近著「地場産業+デザイン」では有田焼の窯元の方たちも、書かれていますね。最初は柔軟だけど、いざ作品ができる段階では絶対に妥協しない、と。
喜多: やはり、最後に仕切る人が要るんですよね。そうでないと、ぼやけますから。きちっと着地させるのは誰の責任かと考えると、それはデザイナーです。ゆずれない役割だと思ってやっています。

------そういう明確なデザインの方向性は、途中からみえてくるのでしょうか?

喜多: 最初にみえますね。みえないと苦労します。空想で進めて頭の中にインプットしておいて、スケッチは一気に描いてしまうという感じです。
アイデアが出てくるのは、人と話をしているときが多いです。別の話題なんだけれど、ふとデザインのことを思い出して、すっとアイデアが浮かぶことがあります。あとは、朝起きたとき。よく寝た朝なんかは難題の解答がでますね。アイデアは消えていくので、メモは大事だと最近おもうようになりました。最近ですよ(笑)。

------今年、篠山ギャラリーKITA'Sをオープンされましたね。

喜多: 丹波篠山には日本の原風景が残っているので、以前からたまに行っていたんです。地元の建築家やNPOの助けもあり、古民家をリフォームしました。そして、40年やってきた伝統産業の活性化について、展示できるギャラリーとしたんです。そぞろ歩きの休憩に使っていただけるようなカフェも併設して。昔のものをつぶすんじゃなく、現代でも使いやすくすれば、新築よりも楽しいものができるとおもいます。その家が昔の時間とつながっていますから、時間をいったりきたりできますので。原風景に少しでも参加できたら嬉しいですね。

------喜多さんは大阪市生まれで、イタリアに行かれたとき以外、拠点は大阪ですよね。大阪や関西の風景はどうですか?

喜多: 大阪市内はもちろん、奈良や京都など、関西を楽しんでいる感じです。神戸も、中華街などがあってセンスのいい街ですから、そぞろ歩きが面白いですね。関西地区は歴史があります。大都会は空襲で焼けてしまいましたが、郊外に行けば、昔の風景がたっぷり残っている。これは、アジアの都市と比べても質が高いものだとおもいます。ぼくたちや、特に子どもたちが触れないともったいないですよね。

------デザインに進むキッカケは?ものを作るのが好きな子どもでしたか?
喜多: 小学校4年生のとき、担任の先生が工作をやたらと褒めてくれたんです。動物の工作や、抽象的な絵でした。それで、工作や絵が好きになった。その気になってしまったんでしょうね(笑)。数学は苦手だったから、「こっちだな」と。

------20代でイタリアに行かれますが、事前にイタリア語の勉強などは?

喜多: 「チャオ」以外、何も知らない状態でした(笑)。中学校1年生のときに、イタリア語の小さな辞書を買っていたんです。英語の「エービーシー(ABC)」が、「アービーチー」となっていて、面白い言葉だと思っていました。とりあえずその辞書を買って名前を書いて置いていたんですが、結局それを持っていきました。

------今年から、社団法人日本インテリアデザイナー協会(以下JID)の理事長をされていますね。

喜多: 日本がここ50年のあいだ置き忘れてきたものに、ホームライフというものがあるんじゃないかとおもいます。昔は家で「暮らして」いました。つまり、お客さんも来るし、冠婚葬祭も家でやっていました。正月でも普段でも、たくさん人が来たんです。それが現在は、家は寝るだけの場所みたいになってきて、伝統産業のようないい物も要らない、家具も実用的なものだけ、といった風潮も広がっているとおもいます。インテリアとは何だろうか、インテリアを再考する価値があるんじゃないだろうか、と感じていました。
そんなタイミングで、ずっと会員だったJIDの理事長の話があったんです。日本人の心豊かな暮らしのために、インテリアデザインやJIDの担う役割は大きいと考えています。

------今後の活動について、抱負などをお聞かせください。

喜多: 今までコツコツやってきたのとあまり変わらないと思いますね。ただ、アジアの発展はめざましい、アジアとの関係が増えるでしょうね。タイ、中国、韓国など。
デザインは、人々の暮らしだけでなく、産業や経済と関連していますから、そういう流れの中でやる仕事でもあるのかな、と。アジアも、質や付加価値の高いものを目指し始めています。多国籍のプロジェクトが増えてきていますし、これからの活動では、国境を考えずにやってみてもいいんじゃないか、とおもっています。

2010年7月2日 大阪にて

WAKAMARU
2002
Mitsubishi Heavy Industries (Japan)
家庭用認識ロボット。セキュリティーや高齢者のための電子機器を設定。
 
AQUOS
2001 -
SHARP (Japan)
Parmanent collection of Museum of Modern Art, Munchen(C1)
Museume for Kunst und Gewerbe, Hamburg(C1)
 
地場産業+デザイン
学芸出版社 定価(本体1680円+税)
日本のトップデザイナーが職人と臨んだ 40 年にわたるコラボレーション。

 
 
喜多俊之(きたとしゆき)
1969年よりイタリアと日本でデザインの制作活動を始める。
イタリアやドイツ、日本のメーカーから、家具、家電、ロボット、家庭日用品に至るまでのデザインで、多くのヒット製品を生む。
作品の多くが、ニューヨーク近代美術館、パリのポンピドーセンターなど世界のミュージアムにコレクションされている。
また、日本各地の伝統工芸・地場産業の活性化、およびクリエイティブディレクターとして多方面で活躍する。近著に『地場産業+デザイン』(学芸出版社)がある。
日本グッドデザイン賞 総合審査委員長(2004-2006)、中国レッドスター賞 審査委員(2006-2008)、北京の中央美術学院客員教授、上海万博日本産業館 デザインディレクション、大阪芸術大学教授。

第8回 「柄にまつわるエトセトラ」

ーダーと聞いてイメージするのはTシャツ。広末のあの名曲や、若かりし頃のオザケンを思い出す。
 水玉と聞いてイメージするのは可愛らしいモノ達。ひうらさとるの『月下美人』、カルピス、中学生の浴衣・・・夏が近くにある気がする。
チェックと聞いてイメージするのは、チェッカーズ。ジュリアに傷心(ハートブレイク)してた頃のフミヤの前髪は多分一生忘れない。

 色が交わって柄になると、そこにイメージが生まれる。
 イメージは、膨らませるとメッセージに変わることもある。
 街歩きしていると、自然発生した柄より、イメージから始まってメッセージを発信している柄がとても多いことに気付く。

自然発生した柄

 自然発生した柄も、それはそれでかっこいい(まあ自然は何をやってもかっこいいけど)。
 しかし、狙って作られた人工的な柄の方が、街でははるかに目立っている。
 例えば、どこでも見かけられるこの柄たち。↓

ローソン柄 セブンイレブン柄 ファミマ柄

 見事にボーダーばかりだが、太さも配色も全然違う。
 そこにはイメージ戦略やら他社との差別化やら色んな狙いが含まれてるんだろう。
 しかし、この三つの異なったボーダー柄にも共通していることがある。
 それは目立つけれども街の景観を乱さない配色。
 そしてスタイリッシュでないからこその安心感。
 これぞ、老若男女を24時間体制で受け入れている優しさ100%の柄だ。

 しかしこれ以上に老若男女優しく、かつ押し付けがましくない柄がある。
 
 それが・・・駅のホームや階段の柄だ。

駅のホーム柄 駅の階段柄

 何この可愛い水玉!
 オシャレなギザギザ!
 さりげないボーダー!
 ものすごい柄の洪水なのに、なんとなく融合しているのがすごい。
 そして何より役立っているのがめちゃすごい。
 目が見えない人も、ぼーっとしている人も、この柄のおかげで駅構内を安全に歩くことができる。
 これぞ、ギンギラギンにさりげなく仕事している柄ではないだろうか。

 柄は主張する。
 私はここにいるのだと。
 柄は時に前に出てくる。
 ここから先は危ないよと。
 柄はそうして街行く人々に、常に語りかけているのだ。

金益見(きむ・いっきょん)
人間文化学博士。大学講師。
2008年『ラブホテル進化論 (文春新書) 』でデビュー。同年、第18回橋本峰雄賞受賞。

金網越しに黒革の手袋 ~ボローニャの夕暮れ~

タリア北部。フィレンツェから北へ電車でおよそ1時間。ヨーロッパ最古の大学を擁し、美食の町でもあるボローニャ。この地域は最近よく映画でお目にかかる。DVD化されている巨匠オルミ監督の『ポー川のひかり』を始め、イタリア映画祭2010で上映された独立系映画界の旗手ディリッティ監督の『やがて来たる者』(日本公開決定)や職人肌のプーピ・アヴァーティ監督『バール・マルゲリータに集う仲間たち』。そして、今月取り上げる同じくアヴァーティの『ボローニャの夕暮れ』。時代背景は、先月の『キャタピラー』に続いて第2次大戦前後なのだが、レジスタンスの地としても知られるボローニャが舞台とくれば、マクロな戦争に理不尽に翻弄されるミクロな市井の物語という構図かと思いきや、枠組みもテーマもしっかり予想を裏切られた。それもいい意味で、鮮やかに。だから、筋には一切触れまい。
 冴えない高校の美術教師と、その魅惑的な妻、そして女子高生のひとり娘。いつの時代にもどこにでもいるような中流家庭が、哀しくも美しい道程を否応なく突き進んでいくきっかけは、戦争ではなく一件の殺人事件である。学校、警察、仕立て屋、精神病棟、農家の一間、バール、映画館。イタリアが当時置かれた戦時下の複雑極まりない情勢を背景に、先の読めない展開で様々な場所に舞台を移しながら進んでいくこのフィルムには、父親の頑なで愚直なまでの家族への愛情が刷り込まれている。愛は強いるものでなく、与えるものであり、育むものであると信じる父親の無私・無償の行為は、この作品でヴェネツィア映画祭主演男優賞を受賞した稀代の名優シルヴィオ・オルランドの演技を得て観客の胸を強く打つ。
 各ジャンルを横断してきたベテラン監督らしく、演出には隙がない。忘れられないのは、母親の黒い革の手袋。これが金網越しに父親から娘へと手渡される瞬間は、中盤にもかかわらず、この作品を要約する場面として見逃せない。

配給:アルシネテラン
イタリア/2008年/104分/イタリア語/35mm/1:2,35(シネマスコープ)/カラー/ドルビー・デジタル
上映劇場についてはウェブサイトを参照ください http://www.alcine-terran.com/bologna/
(C)2008 DUEA FILM - MEDUSA FILM

野村雅夫(のむら・まさお)
ラジオDJ、翻訳家
1978年、イタリア、トリノ生まれ、滋賀育ち。 イタリアの知られざる映画・演劇・文学を紹介する団体「大阪ドーナッツクラブ」代表を務める。
FM802でDJとして番組を担当。

第8回 優秀な探偵

 浩太が巻貝不動産で働き始めて3ヶ月が経った。
案外楽しくやっている、と、浩太は、自分を省みて苦笑する。エミが教える端から知識を吸収していき、今や欠かせない戦力となっていた。仕事も増えてきた。でも一方で、ずっとこのままでいられないことも、よく分かっていた。
「お姉ちゃんが、先に閉めといてって」
 受話器を置きながら、リカが言った。そういえば昼過ぎに出て行ったエミはまだ帰ってきてない。
「高村夫妻の件で、いろいろ忙しいみたい」
 リカの言葉で、浩太は久しぶりにその名前を思い出した。
 あの後、約束どおり、高村瑞江は紹介した部屋の一つを契約した。それなのに、やっぱりまた引っ越すのだろうか。3ヶ月しか持たなかったのか。
「あ、部屋じゃないよ。今度は店舗を探して欲しいんだって、奥さんが事業始めるための。夫婦そろって相談にきたんだけど、そのとき、君いなかったっけ?」
「高村夫妻が、夫婦そろって、ですか?」
「うん、仲むつまじい理想の夫婦って感じだったよ」
 確か事前の調査では、あの夫婦は破綻していたはずだった。
「そう、あのときは、離婚寸前だったんだけど。あの奥さん、旦那と愛人が一緒にいるマンションに乗りこんでいって何したと思う? 土下座して涙を流して、自分がきちんと妻としての務めを果たさなかったからこんなことになった、これからは心を入れ替えてよい妻になるから、帰ってきてくれって頼んだんだって。で、もしそれでも駄目なら離婚は仕方がないって。それで旦那も心を打たれて、縒りが戻ったそうよ。すっごいよねえ、夫婦って」
 リカは感動したように何度もうなずいている。
 浩太は曖昧に合わせながら苦笑いをする。
 心を打たれて、か。浮気の現場を掴まれた上に、そこまで言われて離婚したら、かなりの慰謝料を取られ、社会的な評判も地に落ちるだろう。瑞江の涙も本物かどうか、疑わしい。でも、そんなふうに意地悪く勘繰ってしまうのは職業病だろうか。案外、リカの言うように夫婦とはそんなものなのかもしれない。
「…って、あれ? 何でそんなことまで知ってるんですか? まさか夫婦のそんな話まで、不動産屋相手にするわけないでしょう?」
「言ったでしょう、うちには優秀な探偵がついているって」
 リカは、にこにこ笑っているが、浩太は呆れて物が言えない。こいつらにはやっぱり、倫理観とかプライバシーの概念とかないのだ。
「そんな余計なことまで調べて、悪趣味っすよ。費用もかかるだろうに」
「費用はタダなんだよね。探偵がお姉ちゃんのファンだから、お姉ちゃんに関することは勝手に調べて持ってくるの」
 それって要するに、ストーカーじゃないか。
「ようし、今日は終わり終わり。飲みに行こうか」
 戸締りをしていたリカが振り返った。その言葉が自分に向けて言われたのだと気づくのに、時間がかかった。
「二人で?」
「そう。でも変な気起こして変なことしたら、わたしはいいけどお姉ちゃんにつつぬけだから、どうなっても知らないよ」
「わたしはいいけどって、いいならエミさんに言わなきゃいいじゃないですか」
「言わなくても全部つつぬけなんだよね」
 どこまで優秀なんだ、その探偵は。
 ふと気がつくと、リカが真正面から浩太をじっと見つめていた。ふいをつかれて、浩太は動揺する。突っこむ箇所を間違えた、これじゃ俺が変な気起こして変なことをするのを肯定したみたいじゃないか。
「まあ、わたし、年下には興味ないけどね」
「はいはい。行きましょ、行きましょ」
 リカと連れ立って事務所を後にしながら、本当は俺の方が年上なんだけどね、と浩太は心の中でつぶやいた。
 (続く)

寒竹泉美(かんちく・いずみ)
小説家
1979年岡山生まれ。小説家。
2009年第7回講談社Birth最終通過。「月野さんのギター (講談社Birth) 」にてデビュー。

ウェブサイト「作家のたまご

第1回

 イラストレーター
 中村佑介

第2回

 書家
 華雪

第3回

 華道家
 笹岡隆甫

第4回

 小説家
 森見登美彦

第5回

 光の切り絵作家
 酒井敦美

第6回

 漫画家
 石川雅之

第7回

 ギタリスト
 押尾コータロー

第8回

 プロダクトデザイナー
 喜多俊之

第9回

 芸妓/シンガー
 真箏/MAKOTO

第10回

 写真家
 梅佳代

第11回

 歌人
 黒瀬珂瀾

第12回

 演出家
 ウォーリー木下
   

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: きむいっきょん(金益見) ラブ!なこの世で街歩き

連載2:  野村雅夫式「映画構造計画書」

連載3: 【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美