きむいっきょん ラブ!なこの世で街歩き驚愕!恐るべき草木 |
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野村雅夫式「映画構造計画書」波間をたゆたう儚き夢 ~ウディ・アレンの夢と犯罪~ |
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【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美お嬢様のつくりかた |
(聞き手・進行 牧尾晴喜)
独特の世界観と文体で京都を舞台にした物語を展開する小説家、森見登美彦氏。彼に、創作に対する姿勢や、京都や関西の都市の魅力、そして、初の映像化作品である「四畳半神話大系」についてうかがった。
------ほぼすべての作品で、物語の舞台は京都ですね。その理由をおしえてください。
森見: 一つ目の理由は、あまり取材をして書くことが好きではないから。だからご近所ばかりが舞台になります。
二つ目の理由は、「自分が日常的に眺めている風景の裏側に不思議なものがある」というシチュエーションがもっとも興奮する題材だから。
三つ目の理由は、京都の地名や神社の名前などの固有名詞にはたいへん力があって、野放図にふくらんでいく妄想話を本当らしくみせてくれるから。しかも通りの名前や神社仏閣は取り壊されたりすることがないので、古びる心配がありません。
四つ目の理由は、たいていの人が京都に憧れや幻想を抱いているおかげで、はちゃめちゃな話も大目に見てくれるからです。これにはたいへん助けられています。
------森見さんのご出身である奈良も歴史深いですが、たとえば奈良を舞台にした物語を書いてみようとおもったことはありますか?
森見: あんまり京都ばかりが舞台になるので、慣れ親しんだ奈良を舞台にして書いてみようかと思ったことはあります。中学高校の六年間は毎日奈良公園を通って学校に通っていたので、「鹿」についても一家言あります。ところが万城目学さんが『鹿男あをによし』という作品を書かれたので、手が出せなくなりました。ほとぼりが冷めるまで、とうぶん書かないと思います。
ただ、私の自宅があったのは大阪のベッドタウンというべき新興住宅地だったので、世間一般の「奈良」的なイメージとはちょっと違う場所で育ちました。新興住宅地については、次の単行本『ペンギン・ハイウェイ』の舞台となります。
------小さなころはどんな子どもでしたか?空想や本には、そのころから興味があったのでしょうか。
森見: 小さいころはあまり人見知りしない、どちらかといえば天真爛漫な子でした。今とはだいぶ違います。最初の将来の夢は、ロボットを作る博士でした。
小学校の三年生のころに友だちといっしょに紙芝居を作り、それがおもしろかったので、自分で挿絵をつけた物語を書くようになりました。母に原稿用紙を買ってもらって、書いていました。そのあたりから、将来の夢は小説家ということになりました。
------関西で好きな場所や風景を挙げてください。
森見: 京都だと、京大から岡崎のほうに広がっている入り組んだ街並みも好きです。南禅寺の水路閣から蹴上の発電所の界隈、下鴨神社の界隈、賀茂大橋からの眺め、大文字山、松ヶ崎浄水場のあたりから眺める比叡山も好きです。奈良では平城宮跡と生駒山。あと、特殊なところでは関西学研都市の人工的な風景も好きです。大阪では万博公園です。
------小説家でよかったと思うことは何ですか?
森見: 生々しいことで恐縮ですが、お金をもらえること。わざわざお金を払ってまで自分の書いたものを欲しがってくれる人がいる、というのは、おそろしく素晴らしいことです。あまりに素晴らしすぎて、ときどき嘘ではないかと思います。こんなうまい話があるわけがない、という気持ちになります。ありがたいことです。
------では逆に、小説家でよくなかったと思うことは何ですか?
森見: 趣味であったことが仕事になってしまったこと。おかげで無趣味になりました。しかし、これはさほど気に病んでいるわけではありません。どうもまだしばらくは、「仕事だからやってる」という索漠とした感じにはならないようです。
------ブログ(この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ)ではよく、締切次郎たちが登場しますが(笑)?
森見: 締切次郎があまりに厳しいときには、腹が立ってしょうがなく、何もかも振り捨てて逃げ出したくなりますし、ほかにもいろいろとしょうもない不満はあるのですが、「小説家でよくなかった」と思うことはありません。「よかった」と思うことのほうがあまりに多すぎて、今のところ問題になりません。
------「求められること」と「求めること」のバランスをどのように考えておられますか?
森見: 私は読者に迎合できるほど器用でもなく、「俺の個人的妄想についてこい」と満天下に宣言できるほど自信家でもありません。「読者も自分も楽しい」という境地を目指すことに喜びを見いだすタイプです。とはいえ、それがそんなに窮屈だとも思わないのは、けっきょく読者に喜んでもらいたいという気持ちが強く、「すり合わせること」を妥協だとは思ってないからでしょう。
今までのところ、憎むべき締切のせいで時間が足りないことを除けば、自分の書きたくない文章を書いたり、物語を不本意な方向へねじ曲げたといったことはありません。幸運なことです。
------大変多忙ないま、どのようにして新しい着想を得たり、新しいスタイルを試したりしておられますか?
森見: ずいぶん前から自転車操業状態で、何をどうして成り立っているのかよく分かりません。どちらかといえば、もともと文章をこねくりまわしているうちにテンションが上がっていろいろ思いつく、というタイプだからこそ、なんとかなっているのかもしれません。
しかし出たとこ勝負には限界があります。とにかく、もうちょっとボーッと無意味なことをしなくてはいけないでしょう。息抜きと睡眠は大切です。積極的に息抜きと睡眠の時間を設けていくことが今後の課題です。
------間もなくアニメ「四畳半神話大系」がはじまりますね。
森見: 『四畳半神話大系』は太田出版の編集者の方に書き下ろしを頼まれて、一人孤独に書いたものです。まだ大学院に在籍していた時代だったので、研究室をサボってはせっせと書いていました。完成が近づいた頃には、午後二時に研究室に行って午後五時には帰宅し、ほとんどこれを書いていました。よく卒業させてもらえたものです。
同じ文章の繰り返しというのはあまり評判がよろしくなく、苦労したわりには「手抜き」と言われることが悔しかった。こんなことを作者自身が言うのはミットモナイですが、同じような文章を少しずつ変えながら繰り返し使うということは、それほど楽なことでもないのです。と思うのですが。
しかし他の作品よりも先んじて映像化ということになり、たいへん華々しい感じで再注目され、そんな鬱屈も吹き飛びました。よかったよかった。
------今後の活動について教えてください。
森見: 今後の活動予定については、いつも「一寸先は闇」と答えることにしています。先ほども述べましたように、ここ数年にわたって自転車操業状態が続いているので、先のことなど、あまり考えることができないですし、たとえそれらしいことを述べても、どうせその通りにできる才覚がないのです。
今年の出版予定については、京都にかかわりのない『ペンギン・ハイウェイ』を満足のいく形で出版することが最大の目標です。あとは、朝日新聞の連載を単行本化すること、四畳半的短編集を出すこと。そのほかはもう高望みと言うべきでしょう。
2010年3月3日 大阪にて
四畳半神話大系 太田出版 |
太陽の塔 (新潮文庫) |
写真は氏の近影 |
森見登美彦(もりみとみひこ) プロフィール 小説家。1979年奈良県生まれ。京都を舞台にした物語で、独特の世界観と文体をもつ。2003年『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、小説家デビュー。2006年『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞などを受賞し注目を集め、人気作家となる。 |
自然は怖い。
偉大なものは大概怖い(主に母とか)。
自然のなかでも地震や津波といった自然現象はそれなりに恐れられているが、木や草花は軽く扱われている気がする。
…というか〝守ってあげたい〟イメージを持っている人も多いと思う。
「自然を大切にしよう!」みたいな標語が書かれたポスターで、木や花が泣いている絵が描かれていることがあるが、そういうのを見ると私は「とんでもないぜ!」と思う。
そのポスターを描いた人に「言うとくけどその木、ほっといたら森になるねんで」「一回田舎で草刈りしてみ?もう草ちゃうで、枝狩りやで」と言いたくなる。
街歩きしていると、元気に建物や看板を襲っている草木を見つけることがある。
その時私は「草怖っ(くさこわっ)!」とか「木怖っ(きっこわっ!)」と叫ぶのだが、隣に人がいると「今何語しゃべったん?」と言われる(よかったら叫んでみてね。語感がポップで面白いですよ)。
ということで今回は、そんな「くさこわきっこわ」な光景を紹介したいと思います。
「恐るべき草木①」 (恐怖レベル☆) |
「恐るべき草木②」 (恐怖レベル☆☆) |
(→②の模様拡大) |
写真①は、恐るべき草木が家の入口を塞ごうとしている様子である。
庭だったはずの場所が林化しており、森に変わるまで時間の問題だ。
ここの家の人はものすごく出入りしにくそうだけど、花壇を作るなどかろうじて共生できているので、怖さレベルは☆ひとつ。
写真②は、壁を覆う枝が独特の模様になって、もうここだけ恐怖マンガの世界みたいになっている。
引き戸の前の折りたたみ自転車がなんとかオシャレ感を保とうとしているが、壁のオドロオドロシさに完全に負けている。
模様を拡大した写真を見てみよう。この呪いをかけられたような毛髪具合。これこそ本当の枝毛だ。キューティクルなんてどこ吹く風だ。
これぞ、自然の成せる技である。枝は時々こういった技を使う。関係ないけど、枝と技は漢字も似ている。
「恐るべき草木③」 (恐怖レベル☆☆☆) |
そして③。
これを発見した時は驚いた!もうぺロリンである。
そう、木は生きているのだ。
ひとに大切にされようがされまいが、木はとにかく猛然と生きまくっている。立っているだけに見せかけて光合成しまくり、大地の養分吸いまくりなのである。
当然プラスチックなんか呑みこんじゃうのだ。たとえそこに自分の名前が書かれていようとも関係ない。生きるのを邪魔するものはペロリなのだ。ああ、怖っ!
そして私は「こわっこわっ」言いながらも、怖いくらいの自然が超かっこいいと思っている。
海も森も川も山も怖くて怖くて大好きだ。
美しくって恐ろしくって超厳しい。
そう、偉大なものは大概怖い(母を筆頭に)。
金益見(きむ・いっきょん) 人間文化学博士。大学講師。 2008年『ラブホテル進化論 (文春新書) 』でデビュー。同年、第18回橋本峰雄賞受賞。 |
かつてD・マッケンジー監督の『猟人日記』(2003年)を観たときに味わったのと同じような感慨と興奮が蘇ってきた。船が重要な役割を果たす作品との相性がいいのか、『ウディ・アレンの夢と犯罪』(2007年)でのユアン・マクレガーがすばらしい。「私の映画作りで重要なのはふたつのこと、つまり脚本と俳優です」と言う監督だけあって、今回もキャスティングは奏功している。
ヨーロッパに創作の舞台を移したウディ・アレンのロンドン3部作締めくくりとなるこの作品は、下町でそれぞれにつましい暮らしを営む兄弟が、ギリシャ神話の悲劇の予言者である王女「カッサンドラーの夢」という名の小型クルーザーを購入するところから始まり、108分の上映時間内に監督の驚嘆すべき手際と要領の良さが炸裂した後、また船の映像へカムバックする。ふたりが背伸びをして爪先立ちで思い描く夢物語。その桃源郷に目が眩んで超えてしまうことになる倫理的な一線。まさにカッサンドラーの予言のように、ふたりは逃れられない不条理な悲劇の糸にからめとられていく。
作品を観ればすぐにわかることだけれど、船は意外にもそんなに登場しない。『猟人日記』やR・ポランスキーの『水の中のナイフ』といった船ものの傑作のように、船上でほぼすべての物語が繰り広げられるというわけではなく、むしろ兄弟の夢と転落の転機となる要所でさりげなくも効果的な働きをする印象だ。中古ながらもふたりにしてみれば大枚をはたいて買ったクルーザー。フィアンセを誘い、身の丈に合わない薔薇色の夢を披露して大見得を切る無邪気なクルージング。焦燥感に駆られ、憔悴しながら乗り込んで迎える悲劇の航海。名前も予言めいたこの小さな船は、地中海などとは違う光と色の乏しい北の湾で波間をゆらゆら漂う。まるで兄弟の人生そのものみたいに地に足がつかずに儚く不安定だけれど、このフィルムを支えるマストとして見事な役割を果たしていると言えるだろう。
公開中:梅田ガーデンシネマ、シネ・リーブル神戸 4/17(土)~:京都シネマ |
野村雅夫(のむら・まさお) ラジオDJ、翻訳家 1978年、イタリア、トリノ生まれ、滋賀育ち。 イタリアの知られざる映画・演劇・文学を紹介する団体「大阪ドーナッツクラブ」代表を務める。 FM802でDJとして番組を担当。 |
高村瑞江との最初の打ち合わせは、あっけなく終了した。
いけすかない社長夫人という先入観で臨んだ浩太は、話しているうちに、すっかり拍子抜けしてしまった。上品な服を着こなし、おっとりとしゃべる瑞江は、三十過ぎとは思えない可愛らしさだった。
次の打ち合わせの日取りを決め、瑞江を見送って事務所に戻ってきた浩太が、
「いやあ、生まれながらのお嬢様って感じっすね」
と言うと、ちっ、とリカが激しく舌打ちをした。
「これだから男は」
なぜか事務所の空気が不穏だった。リカもだが、エミの方はもっと機嫌が悪そうだ。
「だいたいね、」
バンバンバン、と、机がたたかれる。
「部屋が気に入らないじゃなくて、部屋に気に入ってもらえないと言いなさいよ」
マジックミラー越しに打ち合わせの様子をモニターしていたエミは、瑞江がこれまでに住んだ部屋の不満を語り始めたときから、相当、怒りをこらえていたのだろう。
「でも、それは彼女が悪いんじゃなくて、他の業者の紹介が悪かったんじゃないですか。ほら、だって、今回うちが用意したやつなら、どの物件でも契約させられそうな手ごたえでしたよ」
と、浩太はとりなす。
綿密な(というか、個人情報保護法を大いに無視した)事前調査に基づいてセレクトされた候補物件の数々は、どれも瑞江の目を輝かせた。
「そうね。どの物件でも契約させられると思うわ」
エミが、浩太の言い分をめずらしく認める。
「でも、どの物件もアウトね」
「アウト?」
「わたしたちの仕事は契約させて終わりじゃない。クライアントが本当に求めている家を提供しなきゃ意味がないのよ。彼女、あの中からどれを選んでも、数ヶ月と経たないうちに、絶対、また引っ越すわ」
エミが溜息をついたところに、リカが口を挟んだ。
「彼女はさ、本当は自分がどんな部屋に住みたいのかを分かってないのよ。住んでみては何か違うと感じて、引越しをくり返すのも、そのせい」
「でもあんなに満足そうに、候補物件を眺めてたのに」
「当然よ。いかにも彼女が好みそうな家を用意したもの。ただし、ニセモノの高村瑞江が好みそうな家をね」
エミが言うと、リカが机の上に紙の束を広げた。それは、高村瑞江、いや、旧姓山田瑞江について調べ上げた資料の数々だった。
「両親は音楽家で、子供時代のほとんどをヨーロッパで過ごしたお嬢様、というのは真っ赤な嘘。本当の親は九州で農業を営んでいる。
マナー講座に通い、会員制のバーにもぐりこみ、昼間は一流企業の受付で働き、今の相手を射止めた。相手も社長とはいえ、ベンチャー企業の若手社長だったから、家柄をわざわざ調べたりはしなかった。それに、まさか、こんな可憐な彼女が嘘をついているとは思わないでしょうしね」
しかし、一体、この資料…。探偵を使って密かに調べ上げたのだろう。
たかが家探しに、そこまでするのか、と、浩太は思わずつぶやいていた。
「そう、たかが家探しよ」
エミは、浩太のセリフを聞き漏らさなかった。
「でも、高村瑞江にとっては違うみたいね。たかがと言える範囲を逸脱した、異常な家への執着っぷり。なぜだと思う?」
エミは、不敵に笑った。
「人はね、家には嘘はつけないからよ。他人の前で、いくら上手に演じることができてもね」
そんな馬鹿な…。浩太は唖然としてエミを見る。
「求めても求めても安息の地が得られず、一生もがき苦しむのと、プライバシーが、ちょこっと侵害されるのと、どっちがいいかしらね」
「大丈夫、集めた情報は、彼女にぴったりの家を提供することだけに使うし、わたしたち以外には、彼女の秘密はばれないわ。なにせ専属の探偵がとっても優秀だから」
リカが、にっこり笑って付け加えた。
(続く)
寒竹泉美(かんちく・いずみ) 小説家 1979年岡山生まれ。小説家。 2009年第7回講談社Birth最終通過。「月野さんのギター (講談社Birth) 」にてデビュー。 ウェブサイト「作家のたまご」 |