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スタジオOJMMが企画編集する連載コラム、7年目となる2009年は、「建築ノオト2009」(全12回)。

第5回、5月号の内容は

建築家、南野優子の「素材のもつチカラ」
豊田高専建築学科助教、加藤悠介の「トレース課題って必要?」
カフェオーナー、浅海恵美子/白滝素子の「小さな部屋を料理する・・・カフェ「CYPHER」」
大阪ドーナッツクラブ代表、野村雅夫の「映画文化は京都のお宝 ~京都文化博物館~」

4人の執筆者が、それぞれ違った視座から建築周辺の話題を綴るコラム、お楽しみください!

集成材を使った建築空間

南野優子

建築家(設計事務所勤務)
大阪

素材のもつチカラ

 初夏の気配が感じられる最近、ニットワンピースを購入した。コットン100%素材を編んだ一見ごくごくシンプルなものなのだが、よく考えられたデザインがとても気に入っている。その理由は、一種類の糸を編んでいるのだが編み目の数を増減させることと編み方を変えることによって上半身はタイトでありながらスカートの下部にはバルーン型のボリュームをもたせた、とても印象的なシルエットになっていることだ。そして縫い付けられたニットの腰ひもを結ぶことによってそのシルエットを際立させている。限られた素材と単純な操作によって思いもよらない表情をみせるのが面白い。この場合はニットのもつ伸縮性と自在に編み目を変えられる特性を活かして、ニットワンピースならではの表情を作り出すことに成功している。
 建築のデザインに置き換えても似たようなことが考えられる。同じ材料を使いながら単純な操作で多様性をつくりだし、印象的な形態を見せながらも全体としては統一性のあるものがそうだ。素材の魅力をうまく活かして、その素材ならではの形と表情をつくれたらいい。木を例に挙げてみよう。曲線状に作られた集成材を並べることによって曲面状の屋根を持った有機的な表情の空間をつくることができる。木を薄くスライスすることによって曲線状の集成材をつくることを可能にし、それらを組み合わせることによって曲面を持った印象的な空間をつくる。そして木材としてのあたたかみのある質感をもった表情もそのままに持っている。もちろん、接合部や他の機能が必要な箇所に鉄やコンクリートなどの異なる素材を組み合わせることも重要だ。それらの素材に必要な機能を持たせながらも、木でできたユニークな形状を引き出すようなアクセントを意匠として表現できればなおいい。

楽しくトレース課題ができる工夫のひとつとして、名作住宅をトレースする教科書(宣伝ではございませんが学芸出版社のものです)を採用した。

加藤悠介

豊田高専建築学科助教
愛知県豊田市
加藤(悠)研究室
豊田工業高等専門学校 建築学科

トレース課題って必要?

 新年度も1ヶ月が過ぎた。年度初めの忙しさは落ち着き、授業に対する学生からの反応も出てくる頃である。私は低学年の設計製図を教えているのだが、この時期に決まって患う病がある。5月病と言いたいところだけど、「トレース課題って必要?症候群」である(長い名前だな)。
 高専は大学より基礎技術の習得を重要視する。15歳から建築を学ぶのだから基礎をきちんと学ばせるのは当然である。基礎技術とはトレース課題により線や図面記号がしっかりと描けること。この目的のもと建築学科では、2年生までの設計製図の授業のうち、約4分の3をトレース課題に費やす。
 しかし、トレース課題に取り組む学生の様子を実際にみると、上手に線が描けたことに満足を覚え、向上心が増していく学生ももちろんいるが、修行、それも苦行、もっというなら罰ゲームのように思っている学生もいる。そういう学生の図面からは「どうせ、学年が上がっていくと、CADで図面を描くんでしょ」という心の声が聞こえてくる。
教員としてはトレース課題であっても楽しくやってほしいと願う。そこで、学生に「建築のプロフェッショナルになるには、頭より手で考えられるようにならないとダメだ」と親方的説教を試みる案を思いつくが、淡泊な学生からは反応がなさそうだ。また、「建築士資格を取るときに、手描き力はとても重要になるんだ」と将来の不安を煽る方法ではどうかと思うが、「資格試験もCAD化するって噂じゃん」と一蹴されそうな気がする。想定問答をつくっているうちに、そもそも基礎技術とはトレース課題で得られる能力でいいのかなどと考えてしまう。形の発想力やひらめき力こそ基礎技術として位置づけるべきという考え方もあるだろう(教えるのはすごく難しそうだが)。

 このように深みにはまっていき、「トレース課題って必要?症候群」を患う。そして、これに罹っている教員は意外に多いのではないかと私は踏んでいる。

大阪市中央区森之宮中央1-9-20
℡06-6809-4631
http://www.facebook.com/profile.php?id=156144189
営業時間;12:00~16:00(晩は予約のみで21:00まで)
定休日;月曜日

浅海恵美子/白滝素子

カフェオーナー、美術館のもぎり/お抱え料理人
大阪空堀
Books & Cafe LOW

小さな部屋を料理する・・・カフェ「CYPHER」

 狭い店では、自然とお客様との会話が始まります。「LOW」を開いて間もない頃いらしたある日のお客様は、近々スタジオを兼ねたカフェをオープンされる予定で、当初はいろんな店を見て回ってアイディアを練ってらっしゃるところでした。しばらくして、オープンのお知らせをいただきましたが、森之宮にある、そのカフェ「CYPHER(サイファー)」は、寄寓にも、私の料理作りの仕事先から程近い場所でした。もとは、お茶屋さんだった土間をカフェスペ-スに,奥の居間を写真スタジオ事務所にと、自分たちの手で全面改装、元あった味気ないサッシを、ご実家の古い屋敷から持ち帰ったアンティークな木の引き戸に差し替えて、壁に小窓を作って・・・と、写真のような素敵なお店に変身させられました。 オーガニック食材にこだわったワンプレートランチ。英会話教室あり、時にはライブイヴェントあり、とオーナーのいろんなアイディアを盛り込んで、カフェ未開地だった森之宮に新風を注ぎ込み、近隣の人々に憩いの空間を提供されています。
 客席数約7席の小さなスペースは「LOW」とほぼ同じ。制約の中でこそ活かされるいろいろな工夫は、ワンプレートに盛り込むお料理にも通じる楽しさともいえます。

 オーナーはグラフィックデザイナーを経て、マクロビオテックのフードコーディネーターとして、イヴェント企画やケータリングサービスのお仕事を長らくされた後、開口部が斜めになった角地の小さな古い家屋と、向かえに広がる城南公園のロケーションにインスピレーションを感じて、カフェ開業を思いつかれたということでした。緻密なリサーチもさることながら、人はこんなひらめきに突き動かされることも多々あるのです。素材からひらめいて作りたくなるお料理のように、そんな「素材力」をもつ建物や風景と出会ってしまったら・・・やっぱり料理してしまうしかないでしょうね!
(白滝素子)

古い映画との新鮮な出会いを、辰野金吾が演出する。

野村雅夫(MASAO)

大阪ドーナッツクラブ代表、
ラジオDJ
京都、ローマ
大阪ドーナッツクラブ

映画文化は京都のお宝 ~京都文化博物館~

 京都市の景観整備地区に指定されている三条通りをそぞろ歩く大きな楽しみは、近代建築にいくつも出会えることだ。僕のお気に入りは、1906年に辰野金吾によって設計され、65年まで日銀京都出張所として利用されていた、現京都文化博物館別館である。ここは、復元を経て有効活用されている歴史的建造物の好例だろう。別館の往時を偲ぶ雰囲気を堪能すると、僕は裏手のカフェに改装された金庫室の脇を抜け、必ず本館に足を運ぶ。実はそこには、映画ファン垂涎の上映施設があるのだ。
 文博の映像ホールは府立なので、これまで紹介した商業的な映画館とは性質が違う。かつて日本のハリウッドと謳われた京都には、突出した独自の映画文化がある。1200年の歴史を有するこの古都が様々な分野で秀でた職人を生み出してきたのと同じように、京都の映画界には地元の町衆を腕利きのスタッフに育て上げるシステムがあり、『羅生門』(黒澤明、1950年)などでは彼らの高い芸術性が世界で評価された。そうした背景を尊び、府が映画を「文化財」と捉えてフィルムアーカイヴ事業に乗り出したのは、1971年のことだった。地方自治体が取り組むこの種の事業は、当時では世界でもイタリアの2か所しか例のない画期的なものであったし、現在でも同様の施設は国内に3か所しかないのだから、文博の存在意義は極めて大きい。京都にゆかりのある作品を中心に収集・保存されているフィルムは千点にのぼり、その中から毎月10本程が、啓蒙的なプログラムに組み込まれて映写機にかけられている。劣化したフィルムの復元作業にも気が配られていて、今年は戦前の祇園祭山鉾巡行の様子を写した貴重な記録映像が対象となっている。学芸員の森脇清隆氏は、デジタルと比して格段に画質の高いフィルムによる映画体験の重要性を強調する。京都の未来の映画文化を担う世代にとって、過去の遺産と最良の状態で対峙できる文博の役割は、ますます貴重なものとなるに違いない。

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