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スタジオOJMMが企画編集する連載コラム、6年目となる2008年は、「建築ノオト」(全8回)。

第7回、11月号の内容は

インテリアコーディネーター、ユイコの「名前と縁」
大阪ドーナッツクラブ代表、野村雅夫の「カメラが階段を上る時 ~スペイン階段脇の螺旋階段~」
美術家・現在上海にて新入社員、安福真紀子の「人生の決断」
絵描き、鈴木啓文の「オートロックの向こうで」

4人の執筆者が、それぞれ違った視座から建築周辺の話題を綴るコラム、お楽しみください!

 

ユイコ

インテリアコーディネーター
(インテリア関連メーカーショールーム勤務)
大阪

名前と縁

 結婚で姓が変わってから早3年。旧姓はどちらかというと珍しい名で、印鑑を買う時にはいつも別注しなければならなかった。今はごく普通のよくある姓。電話で名乗って聞き返されることもなくなった。もはや名前に関しては、別注・特注とは縁がないものと思っていた。
 しかし、我らが新居の表札を検討しだした時、「オーダーメイド」に行き当たる。意外なもので、過去には「別注=面倒くさい」というイメージがあったけれど、いざよくある姓になってみると、「オーダーメイド」がやけに嬉しかった。表札に関しては概ねどの家もオーダー品であろうから、何も特別なことではないのだが。
 一口に表札と言っても、あれこれ見出すときりがない。サイズ、カラー、素材、書体…。漢字からアルファベットまで、多種多様で面白い。表札は家屋そのものではないが、その多様性から住まい手の個性を演出し、一家の「名乗り」として、とても重要な存在に思えてくるのだ。そうなるとご近所の表札も気になり始める。そして外出のたびに表札に注目するようになった。あるわ、あるわ、色んな苗字。「読めない」「珍しいけれど、沖縄系?」などなど、私の旧姓はまだまだかわいいものであった。
 女性の多くは、結婚すると男性の姓になる。苗字と名前のバランスがいいとか、新しい姓での姓名判断の画数が良いとか、結婚相手を選ぶ基準に「姓」はないけれど、どんな姓になるのかは女性にとって大きな問題である。そこも含めて、結婚相手との縁や運というものも感じてしまう。娘の命名も、苗字と違って名前は一生変わらない、この子への最初にして最重要なプレゼントだと思って一所懸命考えた。名前に込めた希望や願いを、いつかこの子に話してあげよう。そんなことを考えていたら、兄嫁の誕生日。彼女と私は奇遇にも同じ名前。これも素敵な縁だなあ、と思わずにはいられない。

イタリアの螺旋階段には、「名優」が多い。

野村雅夫

大阪ドーナッツクラブ代表、
ラジオDJ、大学非常勤講師
大阪、京都、ローマ
大阪ドーナッツクラブ
FM京都αステーション

カメラが階段を上る時 ~スペイン階段脇の螺旋階段~

 よく言われることだが、イタリア映画は台詞が多い。機関銃よろしく、登場人物がめったやたらと口角泡を飛ばしている印象をお持ちの方も多いだろう。一方で、ベルトルッチの作品には、寡黙なシーンが多い。『シャンドライの恋』(1998年)も、言語情報がぎりぎりまで抑制されたフィルムだ。舞台はローマ。イギリス人のピアニストの男性と、アフリカの独裁国家で政治犯として収監された夫を持つ美しき黒人女性のはかない恋の物語である。監督はふたりの心の襞を、音楽や視線、カメラワークや編集、そして舞台装置を使いながら、実に映画的な手法で巧みに表現していく。
 ふたりが住むのは、スペイン階段の脇にあるマンション。彼女はピアニストの家政婦として彼の階下に住んでいる。ふたりをつなぐのは、螺旋階段。ことあるごとに出てきては、この階段が重要な役割を果たす。螺旋階段というのは、中心部が空洞なので、通常の階段よりも、上下の見通しがきく。それは、「見る」「見られる」という、映画を撮るうえで鍵となる行為を育むと同時に、制作面で言えば、カメラポジションの融通がきくということだ。前半ではピアニストは上から彼女を見下ろす機会が多いのに対して、半ばで彼が愛の告白をしてからは、今度は彼女が彼を上から見るようになる。さりげなく、しかし確実に物語を補強するこの視線の逆転現象は、螺旋階段という装置なくしてはおそらく実現できなかったであろうし、手すりを掃除中の彼女が落してしまった布巾がはらりと彼の頭に被さるシーンにいたっては、舞台設定の妙が頂点に達し、観客は息をのまざるをえない。
 列車や拳銃が映画に欠かせないのと同じように、階段もまた無数のフィルムに登場する「名優」である。蓮實重彦は、頻繁に映画に登場する階段という装置には、不気味なものと幸福で楽天的なものが存在すると分析する。さて、あなたの名画に登場するのはどちらだろうか。

安福真紀子

美術家、現在上海にて新入社員
ドイツから上海へ
スペクテリー
アート&デザイン各種
ドッペル デー
ドレスデンから現代アート

人生の決断

中国人の同僚が、近くマンションを購入すると言う。まだ20代の若者がマイホームの購入!と驚いた。どうやら、つきあっている彼女との結婚を考えているとか。賃貸ではだめなの?本当に買うの?とすぐには理解できない私。
何人かに話を聞いたところ、ここ上海では、結婚の際に男性がマイホームを用意することが、ごく一般的なことのようである。結婚式の費用も主に新郎側が持つ。しかし、勤め始めて数年の若者にそんな貯金があるとは思えない。両親の援助とローンでなんとか工面するらしい。
ポストに投げ込まれた不動産広告を見てみよう。上海市の内環状線以内で、家族向けの一般的な2LDK(約80平方米)の中古物件は、およそ100万元から。1元15円で日本円に換算したとすると1千5百万円もする。上海人の平均所得は、中国の他の都市と比べて高いとはいえ、おそるべき金額だ。たいていの中国人女性は、結婚や出産後もフルタイムで働く。夫婦どちらかの給料をまるまるローンの返済にあてたとしても返済に一生かかりそうである。いずれにせよ結婚により、人生設計への確固たる覚悟を迫られるわけだ。上海人女性が、マイホームを男性に望むのも、人生の伴侶としての覚悟を決めてほしいのかもしれない。

ちなみに部屋の間取りは、「○室○厅○卫」で表される。「厅」はリビングを表し「卫」は浴室とトイレを指す。日本のマンションの感覚に比べると、結構広い。「3室2厅2卫」みたいな物件もあるのが大きな違いだろう。部屋を間貸ししたり、両親と同居したりするので、一人あたりの所有面積は、広いとはいいにくいかもしれない。

cache cache(大阪市浪速区敷津東2-5-15-202)

鈴木啓文

絵描き
大阪
小春日和

顔写真撮影 しんやちひろ

オートロックの向こうで

描いて展示してを何度か繰り返しているが、展をするに一等地とはいずこや、とはワタシには未だよくわからない。 街中の貸し画廊で、人通りが滝のように多くても、こちらに入ってくるかどうかは別だ。 ちいさい店の一部の壁面を埋めるのは、茫洋とひろい空間を埋めるより確かにたやすいかもしれないが、ワガ作品だけで四方囲むのではなくその店の一部になるのはすごくむつかしく感じる。そも展を目当てでなくお買い物に訪れるかたの視野に入るとは限らない。 さらにもともと賑わう喫茶店の壁面では、そこでごはんたべられる程度の節度を作品に求められる上、ごはん食べるひとは目の前にあろうとまず観ないからうちのめされる、爆。 だからといって、自宅に貼ってヒトを呼ぶのも何か違う。ワタシ自身自作がどこかの社会にかかわるところを観たいのだ。
ここは駅から至近でも外には看板すらない。マンション入り口を入って郵便受けに屋号が。オートロックのインターホンに部屋番号を押せば、「こんにちは」とゆわれ自動ドアが開き、エレベーターで2階に。ちいさい黒板のかかったノブを回せば、マンションのなかとは思えない世界が広がる。雑貨屋さんの奥に彫金の工房があり、営む姉妹あるいは教室の生徒さんが作業している。そのまえのローテーブルでお茶(或いはスイーツ)をいただく。 ギャラリーとされている部屋では彫金教室展や雑貨の展示のほか、たまにびっくりすべき骨太な展も催される。ワタシ自身縁あって昨年ここでさせていただいた。DMをどこかで拾ったかた、あるいは知人たちは、この機会にとオートロックをくぐってきた。営む姉妹自身が作家として作品を外に出すことで、ここの存在をもう8年発信し続けているからだ。
確かにL magazineがなくなって困るような「関西アートシーン」の視野にワタシのやるようなささやかな展は入っていない。しかし媒体に相手にされなくても電光の看板がなくても、外へ発信している以上訪ねるかたはいて、展は成立するのだ。

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