イスラエルに揺れる(東野翠れん)



イスラエルに揺れる


買い物に出かけるときに肌を隠すこと。
迷路のような不思議な造りの家。
爆弾の音が聞こえたこと。

たとえば亥(イノシシ)や巳(ヘビ)といった干支について家族で雑談すること。

遠く感じる世界の話と、日常を生きるひとびとの話がいりまじるエッセイだ。



書籍で敬体と常体のまじる文章は珍しいけれど、現実の会話はそうやって揺れ動いていくもの。
敬語で話をしていても、自分に言い聞かせるようなときは普通に喋ったり、途中から関係が変わってタメグチになったり。
(絶対に年下だと思って喋ってたら実は相手が年上だと判明して気まずくなったこと、一度くらいはありますよね?)

よく本は著者と会話をするように読めというけれど、そういう読み方にぴったりの本。
揺れ動きながら、自分が何を近くや遠くに感じるか、再確認できる。
彼女自身が書いているように、このエッセイも「使い切ったサランラップの筒の穴から覗いて見ているみたいに、小さくて個人的な視界を通したイスラエル」なんだ。

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