「減らす技術」のレオ・バボータ氏は
エクササイズの予定は「その日一番大事なアポ」だと考えよう。
と言っている。
その日一番大事なアポなら、雨なんて関係ないよな。
エクササイズ、ひいては健康管理には、そのくらいの継続性が必要とのこと。
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運動のため走りにいこうと決めた日に雨が降っている その2
2010年6月21日 月曜日年相応の落ち着き
2010年4月13日 火曜日
を持ったふるまいをしようと誓った。
たとえば、ちょっと酒を飲めば下ネタを言ったり、インパルスのヨハン(お笑いのネタです)のマネしたり、ということをやめようかと。
まして、酒を飲まずにそういうことをするのはいかがなものかと。
とくべつな理由はなかったのだけれど、所詮ぼくたちの行動基準というのは不確かなものではなかろうか。
そんな日の夜ふけ。
1年ぶりくらいに連絡してきた友人が、「いますぐネット見れるか?」と。
喫緊の問題に対応すべく慌てるぼくに彼がたたみかける。
「いま美人時計(bijin-tokei)に出てるコがすっごい巨乳なんだ」
一瞬、耳を疑ったが、どうやらそういうことらしい。
(美人時計は1分ごとに写真の登場人物が変わるシステムなので)
「ぼくが見るのが遅れたらどうするつもりだった?」
と尋ねると、
「次の1分は同じコがアップの写真になるからむしろ好都合」
という、つけいる隙のない模範解答を披露。
そんなたわいない話を前振りに本題は何かと聞けば、
本当にそれだけの用事で連絡してきたとのこと。
年度替わりの忙しい時期になんて社会人なんだ。
年相応の落ち着き、なんて不確かなもの、いらないかな。
勤労紳士様からご指名です
2010年3月5日 金曜日
留学前のぼくはカラオケと家庭教師と肉体労働の派遣という脈略のないバイトを掛け持ちしていた。
日中はカラオケで接客をし、その前後に時間調整した家庭教師では先生と呼ばれ、カラオケが空いた日には派遣でこき使われる日々。
いま思えばその類の派遣バイトの黎明期だったのだろうけれど、イベント設営や荷物運びの現場ではむちゃなことも結構あったようにおもう。
たとえば夜勤空けで泥のように眠りはじめた朝、班長からの電話があった。
「今から現場いける?」
「夜勤から戻ってきたとこなんですけど」
「ああ、そっか!勘違いしてたわ。ゴメン!で、今から現場いける?」
といった感じのことが多々あった。気がする。
そんな現場で20~30代くらいの男どもがたくさんいたわけだが、すでに海外でいろいろと経験していた彼とは気があった。
「実戦的な話」だけでなく、むしろ「なぜ海外にいくのか」といった点でひじょうに参考になる話を聞かせてもらった。
その後ぼくが留学し、かれも関西を離れてしまったので年賀状くらいのやりとりだけだったんだけれど、彼から「仕事で大阪にいく」との連絡をもらい、先日会った。
7年ぶり。
日本にいるとばかりおもっていたら、また海外でバリバリと働いていることを聞いて驚いた。
最近のぼくが接することのすくなくなった、東南アジアの熱気やひとびとの熱意なんかも聞けた。
一年に何度もない、印象深い会合だ。
ちなみに。
久しぶりに連絡をとるにあたってブログ(このサイト)をみてみたら、「淫乱貴婦人様からご指名です」という題名のエントリを書いているぼくに「安心」したとのこと。
社会的には大きなマイナスなことが人間関係的にプラスにはたらいてしまうという、このカルマ。
淫乱貴婦人様からご指名です
2010年2月5日 金曜日
というメールが届いて光速で削除。
いまどき「淫乱貴婦人」ってどんな妄想だ。
はじめてタイピングしたよ。
ほかにも「顔はイマイチだけど必ず会える」とか、本文最後に「冷やかし目的や悪戯目的はご遠慮ください」だとか堂々とつづるテキストが光っている。
笑わせようとしているとしかおもえない。
書いている人の心情はわからないが、もはや文学の領域だ。
そんなことを考えていると、次のことを思いついた。
(1)矛盾をはらむフレーズには、人に反応させる力がある。言葉に力があるのではなく、言葉は力だ。
(2)じつはどこかのマーケティング会社がリアクションをみるために真剣に書いているのではないか。社内会議で「意外と関西圏のツッコミは低調ですね」とかいって。
どんな妄想だ。
真に受けてはいけない。
運動のため走りにいこうと決めた日に雨が降っている
2010年1月21日 木曜日
というとき、あなたならどう思うだろうか?
「7つの習慣」のスティーブン・コヴィー氏は
「よかった。雨が降っている。筋力だけでなく精神力も鍛えられる」
とかんがえて実行するといっている。
思わず笑ってしまうくらい前向きだ。
(風邪をひくといけないのでぼくは雨の日のランニングはすすめませんが。)
しかしながら、緊急でないけれど人生のなかで重要だと思うこと、
たとえば、健康の維持、仕事や人間的な成長のための勉強、家族や恋人・友人との時間、心の底から楽しめる趣味、といったことがら。
「日常」に流されないようにするためには、そのくらいの前向きな覚悟が必要なのだろう。