日本建築学会の機関誌『建築雑誌』の3月号。
特集は「ナイーブアーキテクチャー: Naive Architecture from Cutting-edge Japan」だ。
今号の論考の中で英語のものがある。
ナオミ・ポロック(Naomi POLLOCK)氏の“Less is the new more”だ。
もちろんミースの言葉「Less is more」にちなんでいるのだけれど、この表現は最近よく使われるフレーズ“Flat is the new up.”なんかと同じ。
後者は、不景気で右肩上がりの成長は少なくなってきたので、「『現状維持』がむかしの『成長』にあたる」という意味だ。
さいきんの経済で言われる「ニューノーマル(New Normal)」なんかも同じだけれど、どの場合も、そこには価値観の転換がある。

さて、今号は翻訳監修よりもむしろ色々な確認などのやり取りが多かった感じ。
最近の日常では日本語でのやり取りがほとんどなので、英語での電話やメールの機会が増えるのはうれしい。
そういえばずいぶん前、実家に住んでいたころ、ぼくが不在のときにかかってきた英語の電話に家族がでたことがある。
大昔に学校で習った英語を思いだそうとしたけれどダメだったようで(そもそもそんな実戦的な授業もなかっただろうし)
「英語、よう喋りませんねんけど」
と流暢な大阪弁で言って受話器を置いたらしい。
建築雑誌3月号の翻訳
2010年3月8日勤労紳士様からご指名です
2010年3月5日
留学前のぼくはカラオケと家庭教師と肉体労働の派遣という脈略のないバイトを掛け持ちしていた。
日中はカラオケで接客をし、その前後に時間調整した家庭教師では先生と呼ばれ、カラオケが空いた日には派遣でこき使われる日々。
いま思えばその類の派遣バイトの黎明期だったのだろうけれど、イベント設営や荷物運びの現場ではむちゃなことも結構あったようにおもう。
たとえば夜勤空けで泥のように眠りはじめた朝、班長からの電話があった。
「今から現場いける?」
「夜勤から戻ってきたとこなんですけど」
「ああ、そっか!勘違いしてたわ。ゴメン!で、今から現場いける?」
といった感じのことが多々あった。気がする。
そんな現場で20~30代くらいの男どもがたくさんいたわけだが、すでに海外でいろいろと経験していた彼とは気があった。
「実戦的な話」だけでなく、むしろ「なぜ海外にいくのか」といった点でひじょうに参考になる話を聞かせてもらった。
その後ぼくが留学し、かれも関西を離れてしまったので年賀状くらいのやりとりだけだったんだけれど、彼から「仕事で大阪にいく」との連絡をもらい、先日会った。
7年ぶり。
日本にいるとばかりおもっていたら、また海外でバリバリと働いていることを聞いて驚いた。
最近のぼくが接することのすくなくなった、東南アジアの熱気やひとびとの熱意なんかも聞けた。
一年に何度もない、印象深い会合だ。
ちなみに。
久しぶりに連絡をとるにあたってブログ(このサイト)をみてみたら、「淫乱貴婦人様からご指名です」という題名のエントリを書いているぼくに「安心」したとのこと。
社会的には大きなマイナスなことが人間関係的にプラスにはたらいてしまうという、このカルマ。
TOMARIGI春号
2010年3月2日
スタジオOJMM発行のフリーペーパーっぽいもの、TOMARIGI春号。
桜色の1,000部がとどく。

掲載コラムは以下の3本。
・中古マンションのリノベーション依頼(設計)
・京都のプリンスとプリンセス(連載)
・スプートニクのあとに: 建築雑誌の翻訳監修(翻訳)
配布しているお店などは以下の通り。
配布しているお店(お気軽にお立ち寄りください)
R-cafe
ONE PLUS 1 gallery
カシュカシュ
books & cafe LOW
カフェ シャムア(食べログのサイト)
その他に配布協力していただくところ
大阪ドーナッツクラブ(野村雅夫氏が主宰)
学芸出版社
カフェ サボローゾ
そして、今回から2箇所が追加となる。
住吉の「Knum cafe(クヌム・カフェ)」と堺東の「wine & cafe fukumimi」だ。
新しいお店の紹介も改めてします。
WASEDA BOOKインタビュー
2010年2月24日
以前に取材をうけた内容が、ウェブマガジンWASEDA BOOKで掲載された。
ぜひご覧ください。
こちら

WASEDA BOOKサイトには、ほかの翻訳関係などの読み物もある。
今回はおもに建築や翻訳の仕事に対する考え方や、そういった仕事のきっかけについて話している。
ほかには、ヒッチハイクと寝袋で日本を旅したことや、格安チケットで世界放浪したときの話など。
こうやって聞かれるのは、何かについて改めて考えるよい機会だ。
「スタジオOJMM」という名前をつけたのはちょうど7年前。
形はいろいろと変わってきたし、これからも変わる部分はあるだろう。
いろいろと変わっていくけれど、こういう機会があるおかげで、ある時点でのひとつのかたちが残っていく。
(いわゆる「黒歴史」となることもあるけれど、それは気にしない。と言っておこう。)
第2回 恵比寿映像祭 「歌をさがして」
2010年2月16日
カタログの翻訳で携わっているイベントの告知。
第2回 恵比寿映像祭 「歌をさがして」(★音が出るサイトなのでご注意ください)

2月19日(金)開催で、28日(日)までの10日間。
年に一度のイベントで、複合的なアートと映像の祭典、つまり、展示や上映、ライブなどがあるようだ。
約100名の160作品が集うとのこと。
冒頭で「カタログの翻訳で携わっている」と書いたけれど、会期中の該当カタログの販売・配布はないもよう。すみません。
展示部門の参加作家は、アルフレッド・ジャー氏、都築響一氏ら。建築の面からも面白い。
まあ、映像はもともと建築的なメディアであるけれど。
上映は、坂本龍一氏や寺山修司氏も含み、国際色豊かなラインナップ。
アジアプレミア上映の注目作は、シリン・ネシャット氏による『男のいない女たち/Women Without Men』だろう。
彼女はイスラム社会のジェンダー問題を果敢に取り上げる、イラン出身のアーティスト。
今回の上映作では、政治的な転換期を背景にして4人の女性の生き方を寓話的に描いている。
昨年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞受賞とあって、注目度も高い。
東京周辺でご都合つく方はぜひどうぞ。
きさらぎ
2010年2月15日
零細農園はひきつづき休み。
そろそろ土を用意しよう。
ワイルドストロベリーの種はずいぶん前のカーサ・ブルータスの付録だった。
芽はでてくれるかなあ。
連載で1、2月分のインタビューは終わり、3、4月分をすすめている。
永江朗氏はインタビュアー(インタビューで質問するひと)と高級ソープ嬢に共通することがあると言った。
後者に要求されるものとして、容姿とテクニック、接客マナーはいうまでもない。
でもいちばん重要なのは「教養」であり、これはインタビュアーにも通ずるという。
ぼくは教養をみがく日々を過ごしているだろうか。
いつもの花屋。
ぼくのことを美容師かと思っていたらしい。
平日にウロウロしてるからってだけだろ、と突っ込みつつそういえば髪をしばらく切っていないことをおもいだす。
コンスタントにトレーニングをする。
身体が柔軟になってきた感覚がある。
むかしみたいに、座って足をひらいて胸が床にペタリとつくかもしれない。
英語でメールを書く機会がふえる。
2月の初めのほうは急ぎの仕事が重なってバタバタとしていた。
たとえばカレーをまとめてつくり数日に分けて食べる。
カレーうどんも混ぜる。
CGコンペの入選作展示が終わり、中崎町のJAM POTから搬出。
設置の際にウッカリとまちばりが中にはいって取れなくなっているらしい。
たしかにカラカラとなっている。
だれか気づいただろうか?
ジーンズに穴があいた。
穴の位置が微妙なので新しいのを買わないといけない。
うどや菜の花を酢味噌あえにするときにスダチでまろやかに。
フランク・ゲーリーがレディ・ガガの帽子をデザインしている。
仕事のような仕事でないような気分で京都へいく機会が重なる。
半分は仕事で、半分は遠足の気分だ。
土産に和菓子をかう。
来週も京都。
こんどは何があるだろうか。
大阪・淡路にて
2010年2月12日
イタリア映画特集『アゴスティとモリコーネ』に行ってきた。
雨が降っていたけれど、淡路東宝2は駅商店街からも近いのでたすかる。
仕事がガンガンにつまっていたので、いい気分転換ができた。
どれにするか迷ったすえに4つの愛の物語のオムニバスである『クワルティエーレ 愛の渦』を観ることにする。
いわゆる「はみ出し者」たちが生きる愛の現実なのだけれど、だれにでも訴えるものがあるだろう。
結局のところ普通の愛なんてなくて、あるのは無限の特殊な愛のかたちだけだから。
(ぼくがアブノーマルだと言ってるわけじゃないですよ、念のため。)
「地元の映画館」という感じで懐かしい雰囲気の漂う場所。
最先端の3Dもいいのだけれど、こういうのも大事にしたいなあ。
14日(日)までなので、まだ週末の予定を決めていない関西の方はぜひどうぞ。
さて、ぼくが淡路の駅で降りるのは4年半ぶり。
明確におぼえているのはそこに愛の物語があるからでもなんでもなくて、建築関係のフィールドワークをしたからだ。
淡路の駅から10分くらいも歩けば、高射砲台跡がある。
戦争の遺構でいまは人が住んでいる。
うえからみると(グーグルマップだと)こんな感じ。

ちかくには、工場の建物のなかに取り込まれてしまった砲台跡もあって、当時のひとが見せてくれたなあ。
深い調査をしたわけではなかったけれど、それでもいろいろな話題になるんだろうということはわかった。
久しぶりに行ってみたけれど、それは夜の暗闇のなかにしっかりと建っていた。

ちなみに、砲台跡というものはウィーンのアウガルテンにもある。
こちらは巨大で公園のなか。

こんな写真だけ見せられてもイメージがわかないと思うけれど、現物をみても異様なスケールに驚くだけだった。
日常も非日常もまぜこぜにして毎日はまわっているんだと感じる瞬間。
学芸カフェ2010年2月号、華雪氏
2010年2月10日
「学芸カフェ」(毎月10日更新)の2月号。

2月号の内容は、以下の4本。
★インタビュー: 華雪氏(書家)
★連載1: きむいっきょん ラブ!なこの世で街歩き
名付けて乙女が舞い降りる
★連載2: 野村雅夫式「映画構造計画書」
虚しく揺れる聖なる電波 ~天の高みへ~
★連載3: 【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美
新人ハウスソムリエ
華雪氏とのインタビューは、1月に京都某所にて。
「書」というともっと静的なものかとおもっていたのだけれど、話をきくうちにもっと動的なものであるというイメージをうけた。
インタビューこぼれ話は近日発刊のフリーペーパーっぽいものTOMARIGI Vol.5に書いているので、関西在住の華雪氏ファンはぜひチェックしてください。
「インタビューはどんな場所でするの?」とたまに聞かれる。
企画によってはガッチリとホテルの一室をおさえることもあるし、移動中の時間をつかったり、あるいは電話でということもある。
今回はcocon烏丸でのワークショップを終えた華雪氏と合流し、ちかくのカフェで。
京都のプリンセスに会ったので、つぎは京都のプリンスに会いにいく。
そんな裏側の息づかいもちらりと感じつつ読んでいただければ、これ以上の喜びはない。
建築雑誌2月号の翻訳
2010年2月8日
冒頭の見開きでババン、と拙訳が掲載されています。

表紙のピンクをよくみると細かく英文が掲載されていて、その訳文だ。
“WE ARE AS GODS AND HAVE TO GET GOOD AT IT”
「わたしたちは神として上手にふるまわねばならない」
というスゴいタイトルで、スチュワート・ブランド氏が環境問題について語っている。
エネルギー、気象、原発、国連や政治、宇宙開発、というあらゆる視点から。
今回の翻訳作業では、ブランド氏がインタビューでしゃべった内容からつくられた英文原稿がもともとあり、それを翻訳している。
編集会議の資料用に大急ぎで訳したものが、ブランド氏側からの掲載許可が出て急きょ掲載がきまった。
なにがどう転ぶかはわからないものだ。
そう考えると、どの仕事にも全力を尽くしておかないといけない。
淫乱貴婦人様からご指名です
2010年2月5日
というメールが届いて光速で削除。
いまどき「淫乱貴婦人」ってどんな妄想だ。
はじめてタイピングしたよ。
ほかにも「顔はイマイチだけど必ず会える」とか、本文最後に「冷やかし目的や悪戯目的はご遠慮ください」だとか堂々とつづるテキストが光っている。
笑わせようとしているとしかおもえない。
書いている人の心情はわからないが、もはや文学の領域だ。
そんなことを考えていると、次のことを思いついた。
(1)矛盾をはらむフレーズには、人に反応させる力がある。言葉に力があるのではなく、言葉は力だ。
(2)じつはどこかのマーケティング会社がリアクションをみるために真剣に書いているのではないか。社内会議で「意外と関西圏のツッコミは低調ですね」とかいって。
どんな妄想だ。
真に受けてはいけない。